元日。ブリタニア政庁。
トウキョウ疎界の真ん中にそびえ建つ巨大な建物の中層階に、その部屋は存在していた。
ジェレミア・ゴットバルトの執務室である。
生粋のブリタニア貴族で、軍内の一派閥を束ねる指揮官が使う部屋にしてはせせこましい。
壁や床、調度品などもみな古びており、普通だったら意義申し立てであろう。
 しかし彼はある失態を犯したのだ。自身の降格、爵位の剥奪。派閥も発言力を失い、メンバーも減った。
昔はもっと上層階の広くて豪華な部屋があてがわれ、休日祝日休みなしに忙しかったというのに、今ではすっかり暇なのだ。
だからこんな部屋でも文句が言えず、毎日下っ端仕事をちまちまとこなしていくしかないのである。

 とはいえ、今日は正月。
厄介払いという名の正月休みを貰った部屋の主は、今ごろ家でのんびりしていることだろう。
トップがいないので、もちろん派閥丸ごとお休みだ。
こんな場所をうろつく者など当然いない。廊下をはじめ、辺り一帯静まり返っている。
 そんな中、電気もつけずに廊下を歩く一つの足音が聞こえて来た。迷うことなく真っ直ぐに目的地へ向かう。目的地…ジェレミアの執務室を前に足取りが止まると、古びた扉がゆっくりと開かれた。
 そっとドアを閉めたのは、紫の軍服と銀色の髪を持つ女性。部屋の主ではない。
主が一番信頼している部下、ヴィレッタ・ヌゥである。
ただ…信頼に関しては上司が一方的にしているだけのようで、彼女はとくに何とも思っていない様子。どうしようもなくなったジェレミアに成り行きで付いて行ってる《惰性部下》と言っても過言ではないのだ。

「はぁ…」
 部屋に入るなり、ヴィレッタは大きく溜め息をついた。誰もいない部屋に、その声が重く響き渡る。
視線の先には机。その上に積み上げられた山積みの年賀状。
お正月の朝としてはごく当たり前の光景だが、今年の、この部屋の机に限ってはストレスの種なのだ。
机の脇で立ち止まると、また溜め息をつきながら一番上の年賀状一枚を手に取り、裏返す。

「×◆◇ ー □◎△● トウキョウ租界ブリタニア政庁・純血派」「オレンジ・ゴットバルト様」

 軍内外に敵の多いジェレミア卿、ここぞとばかりに年賀状でいじめを食らっているのかまともな宛名がほとんど無い。
捲っても捲ってもオレンジ宛の年賀状ばかりが溢れ出す。
酷いのだと『オレンジ様』『オレンジ君』『オレンジ卿』とバリエーションを付けて複数枚よこして来る輩もいる。
 ジェレミアがこれを見たらさぞ暴走することであろう。
しょうもない争いを少しでも避けたいヴィレッタにとって、これが今年最初の仕事になるのであった。
正月が明けてジェレミアがこの部屋に来る前に、なんとしてもこれを処理せねば。
地味で面倒で金にならない仕事だが仕方がない。これ以上ジェレミアに暴走されては己の出世が危ぶまれるではないか。

 ヴィレッタは上司が使っている椅子に我が物顔で座ると、持ってきた白紙の年賀状を取り出し机の上に積み上げた。
続いてトレス台。ペン。
書き写し作業開始である。
印刷タイプはスキャナで取り込んで印刷。それ以外は全てトレス。消印はパソコンで合成する。宛名はもちろん、全部「ジェレミア・ゴットバルト様」に直す。
書いても書いても終わらない。とにかくひたすら書く。【 ジェレミア・ゴットバルト様 】と。
書き飽きた上司の名前に怒りを覚えながら、ヴィレッタの正月はこうして孤独に返上されるのであった。







 そして正月が明け―――――。
ジェレミア卿が政庁へと姿を現した。
年が変わっても相変わらずの脳天気っぷり、すがすがしい笑顔でドアが勢いよく開く。
「あけましておめでとう!」
すでに出勤し、部屋で待機していたヴィレッタに大きな声とリアクションで明るく挨拶を交わした。
 そして視線は彼女から机へと移る。椅子に座り、詰まれた年賀状の山に手を伸ばす。裏面、表面。声には出さないものの、一枚一枚しっかりと読んでいるようだ。
偽造がバレないかと、すぐ隣でひやひやしているヴィレッタになど全く気付かない。
「なんだ、皆オレンジオレンジと散々からかっておいて、ちゃんとこういう所はきちんと書いてよこして来るのだな。良き部下たちをもって私は感動だ!」
相変わらず鈍い…というか素直で疑うことを知らない性格は、年賀状が偽造されていることなど疑いもしないのだろう。
全て読み終え、すっかり上機嫌のジェレミア。
上司の性格を読んだヴィレッタの作戦は大成功したのである。


笑顔溢れる執務室に、新年初仕事となるキューエルが真面目な顔で出勤してきた。
「あけましておめでとう、ジェレミア卿。私がわざわざ書いてやった年賀状はちゃんと呼んだんだろうな?」
「ん? 貴様からの年賀状など届いておらんぞ。」
「何?」
キューエルの顔に驚きと怒りが走る。
「何を書いたか知らんが、どうせ貴様のことだ。 文面が人道に反しすぎて郵便局で処分されたんじゃないのか?」
「さては貴様ちゃんと読まずに捨てたのだろう。純血派のリーダーともあろうものが部下からの年賀状をちゃんと読まないとは…もう貴様を上官だなどとは思わぬ!
このオレンジめっ!」
 …すっかりいつもの調子だ。
新年草々喧嘩勃発か。
からかい気味な言葉を放ち、キューエルを軽くあしらうジェレミア。
それで折れるわけがないキューエルの反撃。新年の挨拶はちゃんと卿を付けて呼んでいたというのに、すっかりいつものオレンジに戻っている。
 まさかこんな形でもめるとは…消えた休みと報われなかった努力に凹むヴィレッタが、争う二人の傍らで一人棒立ちしているのであった…。






 そして数日後。
休みの間に溜まっていた仕事をようやく終わらせたジェレミアが、再び年賀状を机の上に広げ始めた。
お年玉プレゼントに当選しているか調べているのである。
 違う違う違う…これだけ大量にあるというのに、下二桁すら一致しない。運にまで見放されたのだろうか。
すっかり元気を無くしたジェレミアがおもむろに視線を落とすと、机の下に何やら白い紙が挟まっているのが目に止まった。
どうやら一枚落としていたようである。椅子から降り、しゃがんで机の下に手を伸ばす。

 …何やら見慣れない年賀状だった。装飾は一切無く、紙の白とペンの黒しかない無骨な年賀状。
今時筆ペンの文字だけがびっしり詰まったお堅い物をよこす奴などほとんどいない。
だからすぐに読んでいないとわかった。
 そう…キューエルの書いた年賀状がこんな所から見つかったのである。
そもそもヴィレッタが落とし、そんなことなど全く知らない二人が初出勤草々トラブルを引き起こした問題の一枚。さっそく文面に目を通す。

「ジェレミア・ゴットバルト様
昨年はなんだかんだといがみ合ってばかりで私も大人気なかった。
貴卿のような純粋な方がゼロなどに協力するはずはないな、と私も思い始めている。
今年は貴卿とともに、純血派全体をオレンジ疑惑から開放できるよう、精一杯頑張っていこうと思う。
また昔のように接してはくれぬかもしれないが、仲直りしてほしい。

キューエル・ソレイシィ」


「キューエル…!」
どうせ嫌味で埋まっていると思っていただけに、予想外の文面が驚きと感動を呼んだ。
これに気付かず、勝手な思い込みであんな酷い言葉しか返さなかった自分が恥ずかしい。
何故もっと信じてやらなかったのだろう。大事な部下のことを。
早速キューエルに謝りに行きたいところだが、その前に番号チェックを済ますことにした。なにせ他の年賀状は落選ばかり、これが最後の一枚なのだから。

 キューエルの気持ちを心に刻みながら、当選番号一覧と照らし合わせる。





【 オレンジ一年分 】が見事当選していた…。




「キューエルーーーーーー!!!
くさい文章だと思ったらやっぱり貴様はこういう奴だったのか!」

 まさかこんな形でいじめられるとは。
一度感動させられただけにその怒りはより激しい。
そして、一瞬でもそれを信じ、あろうことか謝りに行こうとした自分に腹が立つ。あぁぁイライラする!

 キューエルの心がためらうことなくシュレッダーへと送られ、二人の溝がこれまで以上に深まったことは言うまでもない。

……………偶然とは恐ろしいものだ。













 ちなみにその頃。

 ヴィレッタはすり替えたジェレミアの年賀状で、お年玉プレゼントに大量当選していた――――――――








〈 完 〉








◆あとがき◆

 純血派のお正月をテーマに、原案15分執筆3時間(携帯)という超短時間で書きあげた即席小説です。
テーマが思いついた時にストーリーまで全て思いついてしまったんですよ。
年賀状のあて名でいじめ食らうジェレミアとかお年玉がオレンジ一年分とか。
執筆3時間もほとんど考えずにただただ指が動く3時間でした。
こういうネタな話は書きやすくていいですw


原作の時期的には一応6話終了後〜7話ぐらいの間でしょうか…
ジェレミアの拘束が解かれ、降格生活がしばらく続いた頃のお話です。
キューエルの粛清未遂事件とか全部終わった後の話なので、キューエルもそれなりに責任感じてます。
せっかく年賀状を使って仲直りしようとしたのに大失敗。
このまま仲直りするほのぼのなお話でもよかったんですが、それでは面白みがないので結局こうなってしまいました。
ごめんねジェレミア。
このあとサイタマゲットー掃討作戦でオレンジがいるからだとか言われて下さい。

しかし…オレンジ君でちゃんと政庁まで届けてくれたりとか、オレンジ一年分をお年玉プレゼントにしたりとか、エリア11の郵政公社は大丈夫なんでしょうかね(笑)


ネタ全開のお話でしたが、最後までお付き合いいただきありがとうございました。