「ジェレミア、もうすぐ君の誕生日がやってくるよ。」
シュナイゼル・エル・ブリタニアは天使のごとき無垢な笑みを浮かべながら目の前に大人しく座る【機械】に優しく話しかけた。
「誕生日?何でしたか?」
きょとんとした視線を返す瞳はオレンジ色と緑色。澄んだ右目と人工的な左の義眼は言葉も知識もほとんど無くして子供のように問いかける。
「それはね、君が生まれた日のことだよ。」
そんな当たり前の質問にも嫌な顔一つせずにっこり笑って答えを返すこの青年を、ジェレミア・ゴットバルトは痛く気に入っていた。
 シュナイゼル・エル・ブリタニア。世界で一番大きな国、神聖ブリタニア帝国の皇子様。とても偉い人。
 ジェレミア・ゴットバルト。大きな事件を起こして降格させられた元軍人。現在はとある極秘の研究機関でモルモットのような毎日を送っている。

 そんな二人の関係は…言葉で説明するととてもややこしいだろう。
昔であれば絶対的な上下関係、しかし実態は検体と研究者、しかししかし二人ともそんな自覚は無く…。
まるで親子のように、いや、むしろペットのように、帝国皇子にとても可愛がられている実験適合生体であった。
実験がうまくいっているからなのか、それともだんだん愛着が沸いてきたのか…直接の改造手術を担当しているバトレーとしては、そんな二人の関係に毎日ヒヤヒヤさせられるばかり。
もしジェレミアが何か失礼な事をしたら…そんな改造やら教育やらを行ったのが自分なのだから…穏やかな皇子の眉を歪ませるような行為が決してあってはならない。バトレーには毎日気の休まる時が一秒たりとも与えられなかったという…。



―――――シュナイゼルが帰ったあと。
溜まった冷や汗を拭うバトレーの肩に冷たい感触が走った。
改造された機械の左腕が彼を呼んでいたのだ。
「誕生日、私はシュナイゼル殿下に何を差し上げれば良いのでしたか?」
「シュナイゼル殿下の誕生日ではない、貴公の誕生日だ。」
どう答えればいいのか、終始オロオロが止まらない。中途半端なことを言ってシュナイゼル殿下に迷惑をかけたら…といつもそればかり気にしてしまう。もはや職業病である。
「私はいつ生まれましたか?」
「貴公が生まれたのは今から29年前。誕生日になると一つ年を重ねるのですぞ。ただ…貴公は適合生体、もう年は取りません。」
ジェレミアには難しい話なのか、首をかしげて固まった。
「私が生まれた、29年前…。ですが、私は一ヶ月ぐらい前に生まれました。バトレーが言いました。」
「あーそれは…」
ジェレミアの言う【生まれた】は培養液の中から目覚めた日の事を指していた。
新生。新しい人生…新しい体…生まれたという言葉はじつに正しかった。しかしあの時に使った言葉が今になってこんな問題を引き起こすとは。
今のジェレミアにこれをどう説明したらいいのか。悩んだ挙げ句バトレーは話題を変えることでこの話から逃げることを思いついた。
「ところでジェレミア卿、誕生日にはプレゼントが貰えるのです。私もプレゼントを用意しています。」
…本当は何も用意していないのだがとりあえずあげるものは後から用意する予定だ。今は話を変えることが最優先、最近のジェレミアを見るに何をあげても喜びそうな感じなので、実用的な子供向けの学習セット(とくに言語)でも送っておけば多分大丈夫であろう。
しかしそんなバトレーの小細工も斜めに逸れ…
「プレゼント!シュナイゼル殿下のプレゼントは何でしたか!」
「ででで殿下にプレゼントを要求してはなりません!私があげますから…」
「どうしてでしたか!私が誕生日、私がプレゼントをいただきました!」
混乱したジェレミアは暴走する。暴走したら手がつけられなくなる。
バトレーはよーく分かっていた。このまま誤魔化し続けても無理だと悟り。
…仕方なく、どこから話せばいいのやら、複雑に捻れた事情を分かりやすく説明してやることになってしまった。

「貴公はもう人間ではない。明日迎える誕生日は、人間であった貴公が生まれた日のことだ。
そして、今の貴公が生まれたのが一ヶ月前だ。しかし、あれは夜寝て朝目覚めるようなもので、誕生日ではないのだ。」
ぎこちない説明に果たしてジェレミアは納得してくれたのか…。
ようやく眠ったジェレミアのベッドを後にすると、バトレーは急いでシュナイゼルにこのことを報告すべく慌ててパソコンを立ち上げた。

「ふーん。ジェレミアは私からのプレゼントを…。構わない。君の欲しいものは何でもあげると伝えなさい。」
「そんな!何を言い出すか分かりません、そんな危険なお言葉は…」
「私に手に入らないものはないよ。」

笑顔で通信を切ったシュナイゼル。肩に重いものが乗ったバトレーが真っ暗になったモニターを見ながら盛大に眉をしかめて大きなため息をついた。




「おはようございました!」
「おはようございますジェレミア卿。シュナイゼル殿下から嬉しいお言葉が届いております。貴公の欲しいものを何でもプレゼントしてくださるそうです。あとで殿下がお見えになりますので、失礼の無いよう慎重にお願いしなさい。」
「なんたる僥倖!!」
バトレーが持ってきた嬉しい知らせにジェレミアはテンションを抑えることができなかった。
小さなベッドの上を跳ね回る。
「昼ごろにはシュナイゼル殿下がお見えになるかと…それまでにしっかりじっくり考えて下され。」
ドアが静かに閉まり、そして部屋も静かになった。

何をお願いしようかな。
何を頼んだらいいんだろう。
…何が欲しいんだろう。

少し冷静になると、ふっと沸き立ったのが空虚という感情だった。
今の自分に足りないもの。満たされていないもの。
…何だろう、と。



「やぁジェレミア。お誕生日おめでとう。欲しいものは決まったかな?」
鮮やかなオレンジ色で満ちた花束を持って、シュナイゼルが研究所のドアを開けた。
控えるバトレーとは対照的に、ジェレミアは真っ直ぐシュナイゼルのほうへと歩み寄り、
「私のプレゼントは決まりました!」
相変わらずぎこちない言葉を必死に集めて、
「私は人間になりたいのでした。」


 …空気が凍った。
こんな結末誰が予想しただろうか。

「昨日バトレーが言いました。私は誕生日だけど誕生日は人間にあるものでした。今日はシュナイゼル殿下が祝福をいただける日ではありませんでした。シュナイゼル殿下の本当の祝福が要望!欲求!そして切望!」
…慌ててバトレーが取り繕う。しかしそんな言葉の綾に振り回されるほどジェレミアの気持ちは軽いものではなく。
「私の言葉、伝わらない、機械だから。私の腕、冷たい、機械だから。私の目、右左違う、機械だから。私は嫌でした。」
泣きながら声を荒げるジェレミアを研究員たちが取り押さえる。
両腕を拘束し、別室へと引きずっていく。
しかしそんな彼を引き止める声がひとつだけ上がった。約束の主、シュナイゼルである。
「待ちたまえ。君は本当に人間になりたいのかい?」
待ちわびた声に涙を止めたジェレミアと、呆然と立ちすくむ研究員たち。
せっかく実った実験体をまさか手放すとでも言うのだろうか。
シュナイゼルの気まぐれで突拍子もない性格はよく知っているものの、ここでそれが発動するのかと思うと研究員一同は焦りの色が隠せない。
人道に外れたことをやっている自覚はあるものの、やはり研究者の血は何よりも検体を求めてしまうわけで。

「私は…本当の誕生日が欲しいのでした!!」

しかしそんな彼らの懸念を打ち払うかのように、力強く言い切った瞳は強い輝きを放ったオレンジ色だった。
シュナイゼルの中にも、すでに特別な感情が芽生えているらしい。
ただの検体と研究者ではなく、いち人間として、他人を愛する気持ちが。
「…バトレー。」
冷や汗にまみれたバトレーの方へそっと視線を送る。そして彼らは大人しくなった検体を引き連れ、手術室の方へと消えていく。

(…さようなら、ジェレミア。)

重く分厚い扉が閉まる直前、一番大好きな人の小さな声が後ろから聞こえたような気がした。
しかし、そこで振り返りはしなかった。
本当の「おめでとう」を貰えるその日まで、ぐっと恍惚を封印して。






「…ここは…。」
見慣れぬ病室で青緑の髪の青年がゆっくりと目を覚ました。
誰もいない。
ふっと気付く視界の異常。左側が何も見えない。
瞳に触ろうとするも、左の腕は動かなかった。左腕が無い。左足も無い。
そして、記憶も無い。
どうして自分はここにいるのか。どうしてこんな姿なのか。
軍人ジェレミア・ゴットバルトとしてナリタ連山で戦っていたところでプッツリと記憶が途切れている。
白い雪がちらついていた真冬の山。今はとても暑い。
二つぶんの季節を、一体自分は何をしていたのだろう。
頭の中に浮かびかけては消えていく記憶の断片。何か、とても穏やかな日々があったような。家族のような暖かい人たちがいたような。そんな気がする。
幸せそうな団欒を思い出そうとすると頭に激しい痛みが襲う。

やめよう。
幸せなんて、きっとなかった…


ふと壁に目をやると、日めくりカレンダーが掛かっている。
8月2日――――――今日だろうか。それとも、誰もページをめくっていない、過ぎ去った日だろうか。
目覚めたばかりで、テレビも新聞もパソコンもないこの部屋ではその真意は分からない。
いずれにせよ、ジェレミアに祝いの言葉はひとつとして届かなかった。
今日であれ、過ぎ去った過去であれ。
部下も上司も全て無くした。
地位も名誉も失った。
自由に動く体ももう無い。
一つだけ残ったオレンジ色の瞳には、溢れんばかりの涙が溜まりやがて頬を伝い落ちた。
滲む視界にぼんやり映った小さな花瓶。しおれかけたオレンジ色の花。

…誰かが置いていったのだろうか。
…誰かが祝ってくれたのだろうか。
…もしかして、忘れているだけなのだろうか。笑いながらおめでとうと言ってくれた、大事な人のことを。


大嫌いな色だけど、この花だけは何故だか心が安らぐような…そんな気がした。






【あとがき】

…えー、今年(2013年)の誕生日はなーんにも用意してなくてですねえ…さらにワンフェス(7/28)で関東に遠征してまして、ぜーんぜん準備してなくて、3時間ぐらいで携帯で書き上げた突発なお話です。
誕生日の話といえば一昨年のジェレ誕に「最期のBirthday」という話を書きましたが、これと同じ内容にならないように、だけど「誕生日」「プレゼント」「本当に嬉しいプレゼントって何なんだろう?」「表裏一体」といったような同じテーマのもとで、今度は改造体の時期でのお話を考えてみました。
原作では覚醒後すぐ暴走して脱走しちゃいますが…今回の話の中では覚醒後いろいろあって落ち着いて、今は前向きに実験に協力しているといった設定です。
シュナイゼルにも何度となく会っています。

最初は反抗して幾度となく暴走していたメカジェレミアなわけですが、だんだん大人しくなって、シュナイゼルにもなついて…殿下はすっかりジェレミアのことが気に入ったみたいです。
大事な実験体であることは重々承知なんですが、それ以上にジェレミア本人の幸せを大事にした。
だけどコードRのことを部外者に漏らすわけにもいかないし、いざ人間に戻ったジェレミアを自分の元に置いておくわけにもいかず、大人の事情周りの事情から仕方なくシュナイゼルは手術を終えたジェレミアを研究所のベッドに放置したわけです。
シュナイゼルもバトレーもその他の研究員ももちろん研究資料も、全て無くなった空っぽの研究所で、たった一つシュナイゼルが残していったオレンジの花。
本当は手紙の一つでも置いて行きたかったでしょうが、二人の関わりを残すとそこから情報が漏洩してしまいますから、きっと辛かったでしょうねシュナイゼル殿下…

残されたジェレミアがこれからどうするのか…ごめんねジェレミア。今年もQ.o.c.k.が送るのはこんなプレゼントだよ。