あぁ、暇だ。仕事に追われていた日々が懐かしい。
机の上に書類が数十センチ積み上がっていた頃のほうが遥かに楽しかった。
 …そんな過去に浸り、返りたがっているのは、降格処分にされ暇を持て余している元代理執政官、ジェレミア・ゴットバルトであった。
一日数枚の書類が来ればまだ良い方、ほとんど雑用係として政庁の中をうろうろする毎日。
ナイトメアはおろかシミュレータにも乗れない。パイロットスーツすら着る機会が無い。
爵位は剥奪され、純血派は発言力を失って消滅寸前、剰(あまつさ)え部下たちに罵倒され…ジェレミアには居場所が無かったのだ。

 そんなある日。
ただあても無く、ぼんやりと長い廊下を歩いている時それは突然にやってきた。
「おーめーでーとー!」…と、聞き覚えのある浮ついた声とともに。
案の定、振り返るとそこには見覚えのある顔が。見たくない顔が…。
 忘れもしない帝立コルチェスター学院。優等生監督生としてエンジョイするはずだった花の学生生活を、散々世話を焼かせて台無しにした問題児ロイド・アスプルンドが、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべて追いかけてきたのだから。
 チラッ。
 振り向く。一瞥する。ロイドだ。なんだあの笑いは。気持ち悪い。関わりたくない。
ジェレミアの思考回路には一瞬で《 無視 》の答えが弾き出され、そのまま逃げるように走り去った。
しかし、しつこいストーカーの如く、走って追いかけて来るロイド伯爵。
逃げて隠れて様子を見て…二人の鬼ごっこは平和な政庁で一時間近く続いたのだった。
ようやく終わった頃には、走り疲れたジェレミアがニヤニヤ顔を無理やり見せられ精神的にまた疲れるといった悪循環が生み出されていた。
そう、軍配はロイドの方に…。
「ジェレミア卿ぉ〜、面白い話があるんですが聞いてくれますよねぇ〜?」
嫌だと言っても一人喋るくせに、こういう断り文句をわざわざ入れてくるあたりがいかにもロイドらしい。
ロイドの苦手なセシルもここにはおらず…ジェレミアはなされるがままロイドの話を聞かされることとなった。
 「実はですねぇ〜、我々特派が全く新しいタイプのシミュレータを開発したんですよぉ〜。
あ、シミュレータといってもナイトメアじゃないんですけどね。
ゲームと…いうべきかな、これは。二次元に入れるRPG。人体・感情移入型のRPGゲーム。」
「ほぉ…。それで?」
とりあえず相槌だけは打っておく。早く話は終わらないものか。
「せっかく完成したのに誰もやってくれなくてつまんないんですよぉ〜。いずれはナイトメアのシミュレータにシステムを応用していく予定なのに、現段階でのテストにだ〜れも協力してくれないから開発もできないんです。」
なんとなく嫌な予感がした。
「そ・こ・で〜。アナタ毎日暇そうにしてるからゲームやってほしいんですよ。市販の最新型テレビゲームよりも、も〜〜〜っと面白い、ここでしか出来ない素晴らしい体験がアナタを待ってますよぉ〜!」
 …当たった。
案の定嫌な予感が。ドンピシャで。何だこの面倒臭いのは。
何故この私がゲームなどせねばならんのだ。子供じゃあるまいし。
頑張ってロイドから視線を逸らそうと試みるものの、眼鏡のどや顔がどんどん迫ってくる。近い近い近い!
「ここで良いデータが取れたら、それが後のナイトメアシミュレータに影響するんですよ? アナタのデータが未来のナイトメアパイロットを育てるんですよぉ〜? 悪くない話だと思うんですけどねぇ〜?」
 …負けた。まさかそこまで言われるとは。
半ば強引にOKを出さされてしまった。脅しか、これは。
しかしまぁ、世界中の誰もが体験したことのない二次元移入型システムとはなかなか面白そうじゃないか。どうせ暇だし。
 切り替えが早いのもこのジェレミア・ゴットバルトの特徴の一つ。長所であったり短所であったりもする単純明解な性格。
すっかり笑顔を取り戻したジェレミアは、足取り軽やかに特派の実験室へと向かうのであった。


 何やら見慣れない機械がふと目に飛び込んできた。これがその最新ゲームという奴か。
モニターと機械類がずらりと並んだオペレーター席に、ナイトメアシミュレータに似た大きな装置が接続されている。
ここに入るのだろうか。そしてロイドはこっちのモニターの前に座ってデータの管理か。
最初の、あの犬猿ムードはどこにいったのか、すっかり乗り気になっているジェレミア卿は早くも目を輝かせ、あっちキョロキョロこっちキョロキョロ、落ち着きなく視線が泳いでいる。
言われるより先に操縦席…いや、ゲームプレイゾーンへ勝手に着座してしまう程。
「はいはい、そんなに焦らなくても大丈夫ですから。
これから起動させますからねぇ〜、いきなりすごい世界見ちゃうと思うんですけど、あんまり興奮せず気楽にやって下さいねぇ〜。」
そういってロイドがパソコンを操作し始めた。ジェレミアが座ったシートがボックス型の大きな装置の中へとスライドし、格納されていく。

「移行・開始!」

 視界が真っ暗になり、やがて意識が薄らいでいった。
裸眼のまま椅子に座り、着替えどころか何の装置も付けていない。
現実世界への別れはあまりにも簡単で、気付いた時にはもうバーチャルの世界に両の足が付いた後だった。



 そこは広い大草原。遥か彼方まで続く緑の大地。雲一つ無い青空。
ビルや飛行機など近代的な物は何一つ見えない。とても機械が作り出したコンピューターグラフィックとは思えない、あるがままの自然がそこに存在していた。
(これが…ゲームの中だと…?)
リアルな世界。現実と寸分違わぬ空気。重力。土の感触も草一本一本の質感も、その全てがゲームの世界だということを忘れさせた。
 ふとどこからともなく声が聞こえる。
「おーめーでーとぉーーー…」
…ロイドの声だ。
その声は相変わらずの口調で、ナビゲーターのように世界を案内しはじめた。
「移行は成功したみたいだねぇ〜。そう、そこはゲームの中。僕が作った世界なんだよ。
ジェレミア卿は僕が作ったRPGの主人公。《 ゆうしゃ 》。いろんなダンジョンやイベントをこなして、ラスボスを倒すゲームだからねー。
攻略本なんて便利なモノ無いから、自分で考えて先に進んで下さいね〜★」
 どこから聞こえたのか分からない、頭に直接響いたような声。何から何まで不思議な世界だった。ワクワクなのかハラハラなのか自分でもわからないこの感覚、とりあえず歩き出さなければ始まらない!
ゆうしゃジェレミアは、広い大草原の中を満面の笑みを浮かべながら真っ直ぐに歩き出した。

 …と、突然脇にあった茂みがガサガサと音を立てた。
効果音、アニメーションなどという表現は相応しくない程、現実のそれとそっくりな動き。
現実なら、それはきっと風か野良猫か…せいぜいそんな程度だろう。大して騒ぎ立てる程のことはない。
しかし、ここはもう現実では無かったのだ。ゲームなのだ。現実では考えられないようなことが当たり前のように存在していた。茂みの中に。
 モンスター…まさかこの目で実際にその姿を捕らえることになろうとは。
ドット、ポリゴン、テクスチャー、モーションキャプチャーで生み出された存在とはあまりにも違いすぎる。画面の手前から見慣れていたスケールより遥かにデカい。とてつもなくデカい。ナイトメアフレームよりデカい。そして怖い。何なんだこの人生で経験したことのない程の恐怖感は。
逃げるか…? いや、逃げられるのか、人間の足で…?
咄嗟の判断は腰の銃を掴み、構えるという結論に至った。
ブリタニア式・自動拳銃。軍で標準使用されている銃だ。
今までこの銃で、何人もの人間を殺してきた。この銃を撃って、殺せなかった者はいなかった。
…ならばこそ!
 静かな草原に耳を劈(つんざ)くような激しい銃声が鳴り響く。
同時に、モンスターの慟哭。
(やったか…?)
安堵と困惑、そして恐怖が入り乱れる。
しかし、そこに血の跡は一切無かった。銃弾は確かに命中したはずだというのに。
コイツには血が通ってないのか?この至近距離でこの的のデカさ、外す筈が…一瞬疑いたくなる話だが、よく見ると後ろの樹にさっきは無かった傷跡が。
 そのまさかだった。
銃弾はモンスターの体を貫通したのだ。
にもかかわらず、苦しむ気配も見せない巨大な怪物。出血どころか傷一つ付いていない。
さっきの慟哭はただのきまぐれか。全然銃撃とは関係ないただの偶然だったのか。
とりあえずモンスターはピンピンしていた。
「うおおおおお!」
狂ったように引き金を引き続ける。
銃声の数だけ後ろの樹が傷を増やし、目当ての的をすり抜けるばかり。
「…どうなっているのだぁぁぁぁぁ!」
半ば狂乱気味だ。
モンスターも景色も空気もリアルすぎてゲームだということを完全に忘れている。本当に命の危険を感じ、錯乱している。
ふと、突然どこからか声が…。
「こんにちはぁ〜。そっちの世界では現実の武器は使えませんよぉ〜。武器に限らず現実からのアイテムは何一つ引き継がれませ〜ん。」
「だったらどうしたらいいのだ!」
「RPGなんだから剣と魔法に決まってるじゃないですか〜。もし死んでも本当に死ぬわけじゃないんで、気楽に頑張って下さぁ〜い☆」
笑いながら喋るその声が激しく不快感を与えた。
 いくらゲームだと言われても…こんなのリアルすぎてとても割り切れるようなモノじゃない。
こちらは本気で命の危険を感じているのだぞ。
剣? 魔法?
どこにそんなものがあるのだ!
成す術もなく倒されるジェレミア卿。
痛みも血の匂いも土の味も、何もかもがリアルだった。
動けない。
いくら怪物とはいえたった一体の敵を相手に何もできないまま負けることが、堪え難い屈辱となってのしかかった。
モンスターはまだ目の前にいる。
背中と左腕に負った深い傷が疼く。
鋭い爪に引き裂かれ、そのまま地面に叩き付けられ、段々と意識が遠のいていくような気がした。
緑の草の上に真っ赤な鮮血がどんどん溜まって、そしてそれが全部自分の血で…。
(あぁ、いきなりゲームオーバーか。まだ何もしていないのに、早速死ぬのか私は。なんて無様な勇者なんだ…。)
 覚悟を決めたその時だった。どこからともなく一人の剣士が颯爽と現れ、銀色の刃が閃いたかと思うと、一瞬のうちに辺りが怪物の血と肉片で覆われたのだ。
「大丈夫ですか?」
血を払った剣を納めると、慌てた様子でその人物はそっと右手を差し出して来た。
 すらりと細い体躯に純白の甲冑。茶色い髪と緑の瞳を持った、まだあどけなさも残る少年が心配そうにこちらを見ている。
霞んだ視界にぼんやりと映ったその姿。
どこかで見たような気がするその顔…。
彷彿などというレベルではない、もはや同一人物と言うべきだろう。
憎きイレヴン、枢木スザクに。
…とても手を取る気になどなれなかった。
差し出された真っ白な手袋を条件反射の如くピシリと払い除ける。
「枢木スザク! 何故貴様がこんな所にいる!
そしてロイド! これはどういうつもりだ!」
「あは〜。NPCのデータは我々特派が独自に作成したからね〜。その人はスザク君のデータを使って作っただけでスザク君じゃないんですよぉ〜。安心して下さ〜い。」
 NPC。ノンプレイヤーキャラクター。
機械に操作されし人間。本人に意思はなく、設定されたプログラム通りに動く生物。
たとえこのゲームをプレイしているのがイレヴンであれユーフェミア様であれ皇帝陛下であれ、必ず同じ態度で同じセリフを喋るキャラクター
…それは理解したがロイドの口調が腹立たしい。ジェレミアのイライラモヤモヤが収まるわけもなく。
枢木じゃないにしろ、枢木と同じ顔の奴と仲良くする気になどとてもなれなかった。
栄誉あるブリタニア人の、しかも純血派が二度もイレヴンに助けられるなど子孫代々までの恥だ。
「あ、それからぁ〜、僕の声はジェレミア卿にしか聞こえて無いんですからねぇ〜。あんまり人前で僕と会話してると、怪しい人になっちゃいますよぉ〜。」

 …こんなゲームやらなければ良かったと全力で後悔した。
こちらの心境などお構いなしに、枢木スザク(仮名)は笑顔で話を続けてくる。
「怪我をしているじゃないですか。とりあえずこれを食べて傷を治して下さい。」
スザク本人の性格まで元にしているのだろうか、こういうお節介な所まで本人そっくり。だいたい最初に手を払いのけた段階で去っていくだろう普通は。
 ただ、正直なところ回復アイテムは欲しい。スザクだの恥だの言ってられそうにない状況だ。
しかし、さすがにこれだけは体が拒絶した。傷の痛みすら忘れる程の嫌悪感。
プライドを通り越して拒絶反応。
そう…回復アイテムの正体が《 オレンジ 》だったのだから。
普通RPGの回復アイテムといったら液体状の飲み物とか、その国特有のオリジナリティ溢れる木の実や薬草だろう。
何故こうもドンピシャにオレンジなのだ。
これはロイドの復讐か。枢木を捕縛し拷問したことを恨んでのプログラミングか。…とにかくこの世界の回復アイテムはオレンジなのだ。残念だが結論はこれだ。
 しかし、いくら回復アイテムと言えどこんなもの食べる気にはとてもなれなかった。
傷は痛いがそれ以上に精神が受け付けてくれない。
差し出された手は再び払いのけられ、小さな果実が地面に転がり落ちる。
必死に目を背けながら、逃げ出すようにその場を走り去るジェレミア・ゴットバルトの姿を、悲しそうな顔で白い剣士が見つめていた。




 何なんだこのゲームは。
痛みがリアルすぎて本気でやばい。グラフィック綺麗? そんなもの見てる余裕無い!
モンスターから逃げ出し、オレンジから目を背け、広い草原にひとりぼっち。
考えてみればどこに行けばいいのかが分かっていない。
勇者は何のために冒険するのだ?
辺りに誰もいないのを確認すると、天に向かってロイドの名を叫んだ。
「そのまま真っ直ぐ行くと町がありますよぉ〜。あるだけですけどね〜。」
今はこれを信用するしかない。これしか情報が無いのだから。

 広い草原。町はまだまだ見えない。
現れるモンスター。
茂みの中に身を隠し、隙を見ては逃げ出して、攻撃反撃抵抗なんて何一つできず敵前逃亡の繰り返し。
傷口は塞がらず、むしろ増える広がる一方で。
外見も行動も、勇者の雰囲気全く無し。勇者どころか辺境伯の高貴で上品なイメージすら皆無。
指揮官クラスにだけ支給されるブリタニアの軍服も、そんな面影すっかり無くなってしまった。
血まみれで泥だらけで。軍旗をデザインしたマントも、今や見る影もなくボロボロになって。模様も形も原形が分からない程に。
手袋? 確か白だったはずだ。こんな血の色じゃなかったはずだ。
スカーフは裂いて包帯代わりに使ってしまった。純血派のバッジも無くしてしまった。
髪型は崩れ、靴も汚れて…なんてみじめな主人公なんだ。
武器も呪文も使えない。
ゲーム開始時ぐらいもうちょっと明るいイベントから始まってもいいじゃないか…!
 ロイドへの恨みは深いがそれを忘れてしまう程に、痛みが支配する心の中。
必死に歩いて、逃げて隠れて這いずり回って、ようやく町に辿り着いた。

 とりあえず宿だ。宿に泊まればHPは回復する。RPGの鉄則だ。
オレンジなど食べなくても傷は治る。こうなったら一周目から回復アイテム無しの縛りプレイだ。
…この世界で使えるお金が無かった。
宿に泊まるには金がいる。宿代僅か十Gが払えない。
気力だけが動かしていたその体は一気に疲労の渦に飲み込まれ、そして床に倒れ伏した。
 意識が遠のく。ロイドの声がぼんやりと聞こえる。
「さっき草原にいた剣士と組んで戦わないとゲームは進みませんよぉ〜。
あれはスザク君じゃなくてプログラムされたNPCだから、草原をランダムにうろうろしてて、見つけたら話しかけて一緒に戦うを選択しないと〜フラグが立ちませ〜ん。」
そして今度は普通に人間が話しかけているような声が…。
「大丈夫ですか! とりあえずこれを食べて傷の手当てを…」
うっすらと目を開けてみるとそこにはオレンジ。
宿屋なんだから一晩ぐらいタダで泊めろと言いたいところだが宿屋で全回復するのはプレイヤーキャラの特権。町人にとって宿屋は回復のための施設と認識されていない…RPGの鉄則だけはマニュアル通りだった。

 どうする?
このまま死んでゲームアウトか? 間違いなくロイドに馬鹿にされそうだ。
この傷だらけの体を引きずって枢木に会いに? いいや、無理だ。草原でまたモンスターに引き裂かれて
のたれ死ぬだけだ。
オレンジ…食べるのか?この私が。
これを食べれば痛みは消えるんだ…傷は治るんだ…。
でもオレンジなんか…。
 葛藤だった。
ジェレミアにとってオレンジを口にするというのは精神的なHPを大幅に削る行為。
しかし肉体のHPは完全なまでに限界を迎えていた。
そして選んだ選択肢―――――― 諦めてオレンジを口にする。
 甘い。おいしくない。トラウマの味。
あの事件の後、部下に散々オレンジを投げ付けられた。家に帰っても窓越しにオレンジが飛んで来る日々。投獄された時なんか食事がオレンジだけという堪え難い拷問を受けた。あの時泣きながら食べた嬉しくない甘さが蘇る。
しかしそんな過去がどうでもよくなる程、体中から痛みが嘘のように消えていった。血も止まり、傷跡も残っていない。
たった一個のオレンジで。
さすがに破れた服までは直らなかったが、そんなことなどすっかり気にならなくなっていた。
立って歩いて喋って…何もかも不自由なく行えて…。
RPGの仕組みは非常に謎だが、とりあえず元気を取り戻した新米勇者であった。
オレンジに対する嫌悪感も不思議と薄れているような…そんな気がする。吹っ切れた、とでも言うのだろうか。
宿屋の主人に礼を言うと町を飛び出し、草原へ向かって走り出していった。




 草原を歩くこと数分。モンスターに見つかるより先に、剣士・枢木発見。ロイドの言ったとおり、本当にうろうろしているようだ。
しかし…激しく話しかけ辛かった。先ほどの自分の態度が悪かった自覚があるからだ。
とりあえず謝るか? いや待て、イレヴンに頭を下げるのは癪だ。しかしよく考えたらこいつはイレヴンでも枢木でもないじゃないか。というかそもそもこいつとの上下関係がわからんし…
ぁぁぁ思い付かない。こんな時は…こんな時は…。

「あの、何かご用ですか?」
まずい。一人で悩んでいる間に見つかってしまった
あああこっちに向かって歩いてくる。とりあえず挨拶しておけばいいのか? あああわからん。
「あなたは旅の方ですか?ここはモンスターが多いので危険ですよ。」
 …あれっ。なんだこの淡々としたセリフは。
…そうか、プログラムされたNPCということか。さっきのことなどすっかり《 無いもの 》とされているらしい。
これなら気まずくない。
ジェレミアは心の中で確信すると、目の前にいる剣士に話しかけてみた。
「その…突然なのだが、一緒に戦ってはくれないか。私一人ではモンスターを倒せなくて…。」
何のために戦うのか今一つわからないが、とりあえずこいつを味方につけないと話が進まない。共闘だ。
こんな安易に仲間が増えていいものか、少し疑問に思いつつも。
 白い剣士は笑顔で首を縦に振った。そして名乗った。
《 枢木スザク 》と――――――。

 「あれ、武器は持ってないんですか?」
不思議そうにスザクは言う。
「あ…ああ…あるにはあるのだがモンスターどもには効果が無くてな…。」
「じゃあ、この剣を。安物ですが、今はこれで我慢してください。」
渡された一振りの片手剣。
インテリアや儀式用の装飾剣と違い、何の飾りもない地味で質素な剣。
剣術などあまり得意ではなかったが、とりあえず戦うしかない。銃が使えないのだから。
幸い、辺境伯時代に嗜みとして囓っている。敵がいる、命がかかっている段階で確実に違うモノではあるが、その好戦的な性格に火がついたのだろう、早速モンスターに向かって斬りかかっていった。
 ふたつに裂ける怪物の肉体と、吹き上がる怪しい色の血。
…グロい。
ナイトメアやら銃やらで散々人間を殺してきた。血なんて別に何とも思わなかった。しかし…このサイズで、しかもモンスターとなるとあまりにもアレすぎた。気持ち悪い。
「大丈夫でしたか? あまり戦いに慣れていないのですね。僕でよければいろいろと詳しく教えてあげますよ。」
…チュートリアルというやつか。取説も攻略本も無いのだ、偽者とはいえ枢木に教わるのは気が乗らないが、ここは大人しく聞いておいたほうが賢そうだ。
ジェレミアの指南希望のセリフとともに、NPCの長〜い解説が始まった。
そして終了後。
「ところで、あなたはこれからどこへ行く予定なんですか?僕はこれから町に戻る所なので、もしよかったら一緒に行きませんか。」
…そうか、こうやってフラグを立ててからさっきの町へ行くんだな。
ゲームの裏側を垣間見た気がした。
最初の仲間が枢木とは嫌な話だが仕方がない。全くロイドの奴め。
何だかんだ言って良いコンビが結成されようとしていることに、本人は気付いているのかいないのか…見事な連携攻撃でモンスターを退けながら、二人は町に向かって広い草原を歩いていった。




 つい先ほど来た町だ。
先ほど通った門を抜け、先ほど歩いた大通りを真っ直ぐに歩く。
さて、今回はパーティにスザクがいる。何も起きなかったこの町がどう変化するのか、少しわくわくしていた。
町の人は以前と変わらず同じ所をうろうろ。話しかけるたびに同じセリフを繰り返す。
こういう所を見るとRPGだな、と思わされながら。

 通りを真っ直ぐ進んだ先には王宮があった。
スザクはもともとこの城に用事があったらしい。
よくわからないまま話が進む。これは減点だな、ゲームレビュー、マイナス五点。ストーリーの展開が無理やりでよくわからない…っと。
心の中でロイド批判をしていた、その時だった。
 突然王宮入口の扉が開き、中からドラゴンに跨がった黒ずくめの男がすごい早さで駆け出して来たのだ。
広い通りで悲鳴が上がる。そして、ドラゴンの背中からも一際大きな悲鳴が。
女の人が連れさらわれているではないか。服装からするにお姫様に違いない。
そして、この姫らしき人物をさらった黒い男。きっとこれがボスキャラだろう。
しかし、こんなわかりやすいシーンだというのに今のジェレミアは冷静に分析できる頭脳を完全に見失っていた。
わずか一瞬、自分の前を駆けていった黒ずくめの男…ほんの一瞬見ただけだというのに、はっきりと捕らえた。
《 ゼロ 》にそっくりだったがために。

 ここがゲームであることなど完全に忘れてしまった。
憎きゼロ。降格も枢木も全部ゼロの所為。
そのゼロにまさかこんな所で会えるとは。
ゲームキャラのモデリングに起用されただけの偽ゼロを見た途端、急にテンションをブーストさせるジェレミア卿。
ロイドのパソコンでは予想通りのデータが取れていることだろう。
とにかくゼロを見て黙っているわけもなく、ドラゴン相手に走って追いかけようとする…も、もちろんスザクに止められた。
「ダメです! 追いかけて戦って勝てる相手ではありません!
ここはひとまず皇帝陛下に会見し、姫を救出する計画を立てましょう。」
腕を掴まれ、言われるがままにゼロを全力で見逃してしまった。
しかし枢木の言い分にも一理ある。草原のモンスターにてこずるような今の自分にゼロを相手にできるような力がどこにある。
よくよく考えてみたらまだ呪文の一つも覚えていない。
混乱の町中を駆け抜けて、二人は王宮の中へと入っていった。




 広いエントランス、長い階段。煌びやかな装飾が幾重にも施された王宮は、ブリタニアのそれとはまた違った威厳を感じさせた。
スザクはここに仕えているらしい、皆と普通に接している。
先ほどのドラゴンに襲撃されたのか、負傷兵の姿も見て取れる。

 そして通された謁見の間。
また一段と装飾が激しい上、側近の装備もレベルが高い。
見上げた先には玉座…。
「しゅ…シュナイゼル殿下ぁ?!」
またまたゲームだという事を忘れて大声で叫んでしまった。
玉座の両脇で槍を構えて立っている側近二人がピクついたのは言うまでもない。
慌てて小さくなる。よくよく考えてみたらこんなボロボロの格好で王宮なんて所をうろうろしてていいのだろうか。
だいたい無関係も無関係な奴が易々と王宮に入っていいのか。
枢木がいるからか…だとしたらまたまた癪だ。
しかしシュナイゼル殿下…。
跪いたまま心臓をバクバクさせながら、殿下の言葉を静かに待った。
「枢木よ、すでに知っていると思うが、セシル姫が黒の騎士団にさらわれた。
こちらの兵は先ほどの奇襲を受けなかなか動かせない。だからこそ、貴公に姫の救出を任せたいのだ。」
「イエス、ユアマジェスティ。」
「して、そちらは?」
 シュナイゼルの視線が隣でがくがく震えているジェレミアの方へ移ろうとしていた。
まずいまずいまずいまずい…こんなものどう説明すればいいのだ…純血派? 待て、絶対通じない。冒険者? いや、過剰な期待をさせるような発言は…
すでにビクビクなジェレミアを見抜いてか、スザクが代わりに口を開いた。
「彼とはたまたま草原で出会いました。剣術の腕も確かなものがありそうですし…彼と二人で姫の救出に向かおうと思うのですが、よろしいでしょうか。」
何だ何だ、まだ行くなんて一言も言ってないぞ…? どこまで無理やりな展開なんだこのゲームは…。
「よかろう。それでは枢木スザクに任務を与える。黒の騎士団にさらわれたセシル姫を助け出すのだ!」
「イエス、ユアマジェスティ。」
あぁぁ…勝手に決められてしまった…またストーリー減点だな。

 皇帝シュナイゼルがおもむろに立ち上がった。今から皆で作戦会議を始めるのだとか。
側近、大臣、その他諸々偉い人達を引き連れて、皇帝陛下が玉座を後にすると、急に緊張が解けたのかジェレミアは姿勢を崩してへたりこんだ。
そもそもこのゲームの開発は特派、その特派を作り管理しているのがシュナイゼル。ロイドならまだしも、このプレイデータがシュナイゼルに見られたらと思うと、行動一つ一つに神経を使ってしまう。
ゲームだから、偽者のシュナイゼルだからといって、はっちゃけた行動は取れそうにないのだ。
…やっぱり全然楽しくないなこのゲーム。

 王宮の中にある広くて豪華で煌びやかな会議室に通され、着席を薦められるジェレミア卿。
隣にスザク、反対隣には見るからに位の高そうな男。そして真向かいに皇帝陛下。
確実に一名浮いている奴がいるというのに、そんなことなど誰も気にしていない様子。
(たまたま草原で会っただけの人を何故こんな大事な会議に招くのだ。こんなんだからゼロに狙われるのだ…。)
心の中で盛大にツッコミを入れつつも、真剣に会議の内容を頭に叩き込んだ。
聞き慣れない地名に人名、魔法の名称…名前を覚えつつ最善の作戦を考え、更にはそれを実践しなければならないのだから。
 机の上に広げられた地図。
見たこともないような大陸だ。RPGということは、この広大な世界の端から端まで冒険するのだろうか。
ナイトメアがあれば一時間とかからず辿り着けるというのに…移動の魔法は使えるようになるのだろうか、いやそれ以前に攻撃の魔法すらまだ何一つ…。
 大きな不安、小さな期待、そしてロイドへの怒りとシュナイゼルへの気遣い、ゲームのレビュー…ジェレミアの頭の中ではいろんなものがぐるぐるとエンドレスループしているのであった。












シンジュクゲットー。
ここには黒の騎士団の拠点がある。
最初は小さなレジスタンスグループでしかなかったこの集まりが、ゼロという一人の指揮官により多種多様な技術者を含めた巨大な組織になろうとしていた。
 その黒の騎士団に所属する一人の女性ラクシャータが、とある面白いプログラムを開発したことが事の発端となる。
なんと彼女はブリタニア政庁のパソコンへと密かにハッキングし、プログラムを共有することに成功したのだ。
もちろんブリタニア側には一切気付かれていない。

【 GAME 】

 彼女が共有に成功したプログラムの名称である。無論ブリタニア側が付けた名前で、このGAMEがどんなソフトなのかはこれから解析していくとのこと。
どんな内容であれ必ず解析するのがプライドというものであろう。
しかも、ゼロはこのプログラムに興味を示している。資金も出た。
日夜パソコンに向かうラクシャータと、それをサポートするディートハルトの働きは、果たしてどんな未来を生むのだろうか――――――。






………………to be continued









◆あとがき◆

 RPGをテーマとしたお話、【GAME】の第1話でした。
もともとはASUKA版の包帯巻いてるジェレミアが好きで、ヘタレのジェレミアが書きたくて、死にかけてもらうはずが…何か別の方向へ行ってこうなりました。
いつも画面の向こうからプレイしているゲームの世界、「現実の常識」と「RPGの常識」の両方を知っている者がいざゲームの中に入ってみたら、きっとこうなるのでしょう。
何回も何回も同じこと話す町の人とか、もし現実の世界にいたら絶対アヤシイですからねwww 宿代が安すぎな件とかも。
…今回は全くといっていいほど見せ場ありませんでしたが、ヘタレありオレンジあり、でもやるときはやる…そんな勇者様を次巻以降は書いていこうと思います。


ここからは次巻予告です。
この後ジェレミアはスザクとともに勇者として、主人公として旅を続けていくわけですが、まぁ…ご想像の通りとても勇者らしい活動はできません。相変わらずです。
つい今しがた「やるときはやるジェレミア」を予告したばかりですが…無理かもしれません。
 そして、そんなダメ勇者をサポートする仲間キャラクターが新たに登場します。
ところがこの仲間キャラクターがまたジェレミアと相性の悪い子ばかり、さらにはとんでもないプログラム上のトラブルに巻きこまれ、ジェレミアと仲間たちの苦労は絶えません。
楽観的なジェレミア、プログラム通りしか動かないスザク、そして仲の悪い二人の仲間たちという4人のパーティは、無事ゼロの元までたどり着くことができるのでしょうか。

…王道RPGで、なおかつRPGのマニュアル的なものがまたまた全力全開で登場予定ですが、次巻もまたお付き合いくださいませ。