「ジェレミア卿…ジェレミア卿ー!」
「おいオレンジー! どこに隠れている! 貴様まさか本当にオレンジ畑に転勤したのではあるまいな?」
 ブリタニア政庁の廊下に、ヴィレッタとキューエルの慌てた声が響き渡った。
彼らの上司であるジェレミア・ゴットバルトが、純血派をほったらかしにして突然いなくなってしまったらしい。
あれほど粛正したがっていたキューエルですら心配するほど、彼の失踪は突然のことであったとか。
 時を同じくして、特派でも慌ただしい動きがあったようだ。
パソコンの前に座り、頭を抱えるロイド伯爵。
マウスを動かし、膨大なデータをスクロールさせる。何台ものパソコンに表示されたウイルススキャン中の文字。
助手のセシルも彼を心配して差し入れを用意したが全く手を付ける余裕は無さそうだ。というかうっかりこんなものを食べたら新型ウイルスが発生するに違いない。
「あぁぁ僕の作った完璧なはずのプログラムがどうして…。」
半ば放心状態になりかけていたロイドの視界にふと珍しいものが映ったかと思うと、その物体は自らの方へ歩み寄って来た。
純血派の、赤い羽のバッジを付けた二人の軍人が。
「ロイド伯爵、ジェレミア卿を見なかったでしょうか?
おとといの昼から突然姿を消して、自宅にも執務室にもいないのです。この広い政庁内も一通り探したのですが…。」
心配そうな顔でヴィレッタがそう尋ねる。
ゼロの極秘情報を見つけて一人で潜入でもしているかと思ったがその可能性も低いそうだ。
 この言葉に、ロイドはさりげなく視線を逸らした。怪しい。確実に何かを隠しているような苦い表情。
「ロ・イ・ド・さ〜ん?」
ヴィレッタの心境を見兼ねてか、給湯室から怪しい色の液体が入ったグラスを片手にセシルが姿を現した。
ロイドの前にその危険そうなグラスを置いて、何やら脅しているかのような光景が…。

「………………。」

「………………。」

「………………というわけなんだよ。」

 かなり現実離れした話を聞かされ、純血派の二人は顔を見合わせたまま固まってしまった。
ジェレミア卿がゲームの世界に閉じ込められた、などいきなり言われて納得するほうが難しい。
ゲームにのめり込んで部屋に引きこもるオタクはよくいるが、ゲームの世界に閉じ込められるなど聞いたことがない。
「それがねぇ〜僕が作った最新のゲームで、意識をゲームの世界に移行して完全なる二次元世界に入り込めるシステムだったんだ。
だけど突然エラーが起きて…現実の時間とゲームの時間がずれていたり、セーブポイントが消滅していたり…僕は何かとんでもない失敗をしていたみたいで…。」
「それで、ジェレミア卿は?」
「あぁ、肉体はすぐそこにあるんだ。だけどあのジェレミア卿は体だけ、意識はゲームの中にあって、その意識を連れ戻さないと脳死と同じ状態さ。」
 ロイドが指差した先には、ナイトメアシミュレーターのような箱形の装置があった。
ファンの音が聞こえる。声はしない。
外見からでは、この中にジェレミアがいる事実は確認できないようだ。
「…前置きはいい。オレンジを連れ戻す方法は?」


 「…ゲームをクリアすることだね。」
《 ジェレミア 》に視線をやると、一瞬の沈黙を挟んで溜め息とともに重い口が開かれた。
黙り込む二人。静寂の中、唯一せわしなく動いているパソコンの音がやけに耳に触る。
「…セーブポイントが消えたから、クリアするまで現実世界に戻れない、すでにプログラムが異常を来たしてるから、ゲームオーバーになっても戻るどころか本当に死んでしまうかもしれない…。生きて帰るにはラスボスを倒すしかないんだよ。」
 淡々と吐かれたその言葉が意味するもの。
…もうゲームであってゲームじゃない、娯楽じゃないということ。命をかけて、世界を救う勇者になれということ。それが、ジェレミア卿を生きて連れ戻す唯一の方法だった。
「ジェレミア卿はその事を?」
「知らないよ。言えば余計に不安を与えてしまうだろうから何も言ってない。ゲームでいくら時間を使っても現実での時間とは関係が無い、ゲームオーバーになったら強制的に現実に戻され、傷も痛みも全て消える…ジェレミア卿はこう思いこんだまま、今もゲームの中で戦ってるんだ。」






 長い沈黙だった。
死んだと決まったわけではないが、その生の確率がどれだけ低いか分かるからだ。
ゲームをクリアすることの難しさが。
コントローラーと攻略本を片手に、モニターの向こうの世界を救うのとは訳が違う。
自らが剣を取り、呪文を唱え、暗いダンジョンを進んでモンスターを倒さねばならない。
そんなとんでもない世界にジェレミア卿はたった一人…。



 「…あの装置は一つしかないのか?」
沈黙を破ったのはいつになく低いキューエルの声だった。目線の先には、ジェレミアが《 眠る 》シミュレーター。
隣に座っていたヴィレッタもそれに頷き、分厚いロイドの眼鏡の奥をじっと見据えて黙り込んだ。
「…キューエル卿、ヴィレッタ卿、本気ですか!
あそこに入ったが最後、もうこの世界には戻って来られないかもしれないんですよ?」
セシルもロイドも驚きを隠せなかった。
こんな得体の知れない世界へ行くと、自ら名乗りを上げる二人に。というか、ジェレミアがここまで部下に慕われていたことに。
「オレンジなんかいなくなればいいと思っていたが…いじめ甲斐が無くて毎日がつまらん。」
「別に卿に恩を売るつもりはないが、ゼロを捕らえるまでに死なれては困るからな。我々が行ってジェレミア卿を連れ戻して来る。」

 『…どうせ暇だしな。』

照れくさいのか素直になれないのか、取って付けたような理由とともにヴィレッタとキューエルの明るい声が綺麗に重なった。




 二次元の世界に戸惑ったのは二人も例外ではなかった。
ヴィレッタにとってもキューエルにとっても、ここは未知の世界なのだから。
話に聞いていたものより遥かに高い臨場感。質、色合い、匂い、そして空気までもが素晴らしい大自然である。
 しかし、そんな爽やかさとは裏腹に、ぶつぶつと文句を言う声が聞こえ出した。
「…ロイド伯爵め、我々にNPCのフリをしろとは一体どういうつもりなのだ。」
「貴公の下手な芝居がバレバレだったのだろう。本物であることがジェレミア卿に知れたら、またくだらない言い争いを始めるのが目に見えている。そういえば、この世界の回復アイテムはオレンジらしいからな。ネタには十分というわけだ。」
「そういう貴様も本気で暇だからなのか? ここでオレンジに恩を売って出世したいだけだろう。」
「キューエル卿! こんな時に何を!」
 …この二人、実はジェレミア粛正事件以来何かと対立していたのである。
失態を犯したジェレミアが悪いのは当然として、それを殺そうとしたキューエルと、阻止すべく戦いに介入したヴィレッタ。
同じ純血派の中でもキューエル率いるオレンジ不信任派と、ヴィレッタ率いるジェレミア恭順派の二つに分かれていたのだ。
ジェレミア対キューエル程仲が悪いわけではないが、この二人には先程の『どうせ暇だしな』発言のようなまとまりは無い。
しかし心のどこかではジェレミアを信じ、憧れ、慕い、着いて行こうという気持ちが有るらしい。暇潰しや出世の足掛かりに命を賭けるほどのギャンブラーではないのだから。
問題はジェレミアのような、素直で一直線な性格には程遠いことだろうか…。
 「…とにかく、暇なのは事実だ。オレンジに恩を売るチャンスでもある。そしてラスボスを倒してこのゲームをクリアして、今度はナイトメアで前線に返り咲いてやる。」
キューエルの宣誓。ヴィレッタもそれに頷いた。
二人とも歪んでいるが意気込みは完璧である。
しかも、開始前にパラメータをいじって貰ったので、二人揃ってすでにレベル五十並のステータスと来ている。初期装備も充実している。
ジェレミアと合流し、NPCのフリをしてパーティメンバーに加入後、誰一人ゲームオーバーにならずに生還する…ミッションの難易度を左右するのは間違いなくジェレミアの行動だな、と思うと二人とも始める前から気が重かった。










「おーい、ロイドー!」
宿屋の個室からジェレミアの不満げな声が響き渡った。
姿は誰の目にも見えず、声はジェレミアにしか聞こえない…それがこちらの世界から見たロイドという存在である。
そんなロイドと会話をするのはもちろん周りに人がいない時だけだ。
しかし、これだけ大声で話していたら隣の部屋のスザクにまで丸聞こえだというのに、当の本人はその事に全く気がついていない様子。
今日もロイドと大声で語り合う。
「このゲーム一体どうなっているのだ! せっかく新しい装備品を買ったのにグラフィックが全く変わらん。」
「だってぇ〜。装備品一個一個のデザイン考えるのが面倒だったから、何を装備しても見た目は変わりませんよぉ〜。パラメータしか変化しませ〜ん。
ちなみに武器も防具も絶対壊れないから、知らない間に壊れて役に立たなくなってた! なんてことは無いのでご安心を〜。
…そんなことよりさぁ、メニュー端末の感想を聞かせてよ。」
 ロイドが言ったメニュー端末。それはこのリアルすぎるゲームの中で、唯一《 RPGの常識 》から外れた代物だった。
携帯電話のような、タッチパネル式の外観。精密機械のようだが、水に浸かっても崖から落としても絶対に壊れないらしい。
これがいわゆる《 メニュー画面 》に相当し、自分や仲間の残りHPが数字ではっきりと確認できたり、次のレベルに必要な経験値が分かるのだ。
また、アイテムの名前を音声入力することによって、そのアイテムを異次元から瞬時に取り出せる画期的なシステムも備わっている。
分かりやすく言うと、オレンジを九十九個持っていても一個しか持っていなくても、実質的な荷物量はこの端末一機だけということだ。
「身軽に動ける便利さは認めてやろう。だがしかし!
回復アイテムを使う度にオレンジオレンジと叫ばねばならんこのシステムが気に食わん!」
 と、突然ジェレミアの手元にオレンジが二つ現れた。
今言った《 オレンジ 》に反応して異次元から持ち物が召喚されたのだ。
「…キャンセル・オレンジ。」
手元のオレンジが一瞬にしてどこかへ消え去った。
このように不要なアイテムは名前の頭にキャンセルを付けて異次元に戻す。
とにかく出す時もしまう時も、あの嫌な物体の名前を口に出さねばならないこのシステムが激しく評価を下げたのは言うまでも無い。
「まぁまぁ、それはジェレミア卿の好みの問題ですからねぇ〜。僕今日はもう寝るから、続きはまた明日にでも〜。」
言いたい文句はいくらでもあるのだが、残念なことに通信が切られてしまったようだ。
 現実とゲーム、二つの世界を流れる時間には差が有る。長く通信回路を開いていると時間がずれてくるためずっと会話状態のままゲームを進められないのだ。
攻略方法やダンジョンの構造を耳で聞きながらプレイできないのもその為である。


 今日もジェレミアはスザクと二人だけで、複雑な洞窟を攻略したばかりだった。
黒の騎士団の手先らしきモンスターは倒したが、肝心のゼロの手掛かりもセシル姫の行方も分からないまま。
今日一日で一体何個オレンジを平らげたことか。
ネーブルオレンジとかバレンシアオレンジとか、回復量に沿ってオレンジのバリエーションがいろいろ出て来た。リンゴとかイチゴとか、バリエーション豊かにいろんな果物が出て来ることはなく、あくまでも《 オレンジ 》。
…回復魔法の登場はまだか。
 そして、せっかく装備品を買ったのにグラフィックが変わってくれないから、見た目は安っぽい片手剣とボロボロの軍服のままだ。
包帯こそ外したが破れた物は戻らない。変わらない。
見えない防具のおかげで傷付きにくくはなったものの、洞窟の地面を這ったり転がったりで前より一層汚れてしまった。
王宮の時もそうだったが、この世界の人は見た目や服装には何の興味も示さないし、差別もしないしレッテルも貼らない。
実質的な被害こそ無かったが、回復アイテムでは絶対に治らないモノ…精神が沈みっぱなしだったのである。
文句の吐き出し口であるロイドにも逃げられたばかり。
溜め息をつきながら明かりを消すと、泥の付いた軍服もそのままにベッドの中へと潜り込んだ。

 「はぁ…。オレンジ、じゃ、ないんですぅ…」

枕に顔を埋めながら、誰に言うでもなくぼそり独り言を呟くジェレミア。両の目にはうっすらと涙が溜まっていた。
寂しさ、悔しさ、そして心の痛み。まだまだゲームは始まったばかりだというのに、いろんな意味で疲労が激しい。
そんな中、サイドテーブルに置いたままだったメニュー端末から、先ほどの小声に呼応してアレが一個贈呈され…憔悴しきった勇者に更なる追い討ちがかけられるのであった。












「これは…。」
ラクシャータが見せた書類に目を通すと、仮面の下から驚嘆と関心に満ちた溜め息が漏れた。
ブリタニアのパソコンにハッキングして手に入れた、極秘プログラム【 GAME 】。
その真相は実にとんでもないものであったからだ。
 【 二次元に入れるRPG 】。
 【 人体・感情移入型RPG 】。
 肉体をシミュレーターの中に残し、感情だけを完全にゲームの中に転移させることによって、まるでその世界にいるかのようなリアリティを体感できる最新のゲームシステム。
そして、ゲーム世界には現実との時間差があり、どんなにゲームで日にちを消費しても現実に帰ってきたらそれはごく僅かな時間でしかない。
セーブもできる、リセットもできる、ゲームオーバーになっても現実で死ぬわけじゃない…。
戦争だの兵器だのとは縁の無い、平和でのどかな娯楽のプログラムであった。
 しかし、ゼロはこれを痛く気に入ったようで。
書類を机の上に置き、開発主任の耳元で何やらぼそぼそ呟くと、踵を返して自室へ戻っていった。
難しい注文をつけられたのか、部屋に残されたラクシャータの顔には疲労の色が見て取れる。ゼロがいなくなった途端に煙管を取り出し、大きな溜め息をつくと再びパソコンに向かってキーボードを叩きはじめた。

 部屋に戻ったゼロを出迎えたのは、特大ピザを口いっぱいに頬張りながらベッドで寛(くつろ)ぐC.C.の声であった。
「で、結局何だったのだ? あのプログラムは。」
「それが、かなりとんでもないものだった。これを使って黒の騎士団イメージアップ作戦を企画する。ラクシャータに頼んで更なるハッキングとゲームシステムの書き換えを依頼しておいたからな、完成した暁には、お前にも協力してもらうことになるだろう…。」
「イメージアップだと? すでに黒の騎士団はイレヴンの英雄的存在、そんな作戦を考える暇があるなら…」
「確かに、黒の騎士団は勇者となりつつある。しかし、名誉ブリタニア人が減らないのも現状だ。まだまだ日本人はブリタニアに依存している。ブリタニアが強いと思っている。
所詮はレジスタンスの集まりという残念なイメージを持たれていることもまた然り…いくら黒の騎士団といえど、ブリタニアには敵わないと思われているのだ!
そこで、このシステムを最大限に改造し、イメージアップと戦力強化を行う!」
「前置きはいいから作戦を説明しろ。」
次のピザの箱を開けながら、C.C.は面倒臭そうに口を挟んだ。
普段はそんなだらけた姿勢に文句をつけてくるルルーシュだが、それすら忘れて力説モードに突入している。
 「いいか、まずはこのゲームのストーリーをいじり、ゼロがブリタニアを倒すゲームとして黒の騎士団から発売する。ゲームの世界に入れるゲームなど誰も遊んだことが無いのだからな、そんなシステムを黒の騎士団が開発したとなれば、ゲーマー世代だけでなくいろいろな方面から支持されるだろう。
そしてもう一つは、この《 時間が経たない世界 》を利用して、様々な訓練や開発をゲームの中で行う。
ナイトメアをはじめとした戦闘訓練、兵器の開発、それら全てが時間の経たない世界で、ゆっくりじっくり行えるのだ。
これで、黒の騎士団は最強の集団となる…!」
 力強く語るルルーシュの背中に、少しだけC.C.も興味が沸いたようだ。ピザをつまんだ手が少し止まっている。視線もすっかりピザからルルーシュに移っていた。
「で、私は何をすればいいのだ? もちろんピザ食べ放題の隠しコマンドも用意されてるんだろうな? パーティメンバーにはチーズくんもいるんだろうな?」
最後の一切れを口に運びながら、体を起こしてルルーシュに詰め寄った。
「そんな細かいプログラムなどラクシャータがすぐに付けてくれるだろう。まずは、ブリタニアが作ったゲームシナリオの改竄(かいざん)だ!」
 新たな作戦に燃えるルルーシュ、新たな作戦に付き合わされるC.C.、そして無理難題を押しつけられたラクシャータと、何も知らない紅月カレン…現実世界の終わりはもうすぐそこに迫っているというのに、彼らはまだ何も知らないでいた。
その世界のことを。








 ロイドから情報を聞いた純血派の二人は、先発しているスザクとジェレミアの後を追って深い森の奥へと歩き進んでいた。
メニュー端末に表示される簡略マップを見ながら、幾重にも分かれた道を丁寧に探す。
人気の無い森にしっかり残った二つの足跡。剣で斬った痕跡があるモンスターの死骸。すでに開けられた宝箱。二人がここを通ったのは間違いなさそうだ。
 ただし、二人が先に敵を倒してくれているから楽…ということはない。
モンスターなどほぼ無限に存在する。無限に出て来るからレベル上げが出来る。それがゲームの世界だ。
しかし、この二人にレベル上げなど全く無縁の行動である。すでに改造されたステータスからすれば、こんな序盤の敵など雑魚そのものなのだから。
 華麗に敵を倒して颯爽と次へ進むその姿はまさに《 ゆうしゃ 》であった。
ある時は全体攻撃魔法で一気に片付け、またある時は剣閃一撃。弱すぎて、面倒で、時には逃走することもあったが、それはそれでまたカッコ良い。
とにかく早く、ジェレミア卿と合流しなければ――――――――――。







 そんな二人の楽勝で面倒で優雅な冒険とは裏腹に、先発隊の二人組はすでに体力も回復アイテムも半分以下に減っていた。
このNPCスザクは現実のスザクと実に似ているが、最大HPなどはレベルに起因するためリアルスザクに比べてそこまで高くないのである。
運動神経などは確かなものがあるのだが、回避率などもレベルの影響を受けるため見た目は素早く動いているようで実際はかなりのダメージを貰っているようだ。
 そしてもう一人の、主人公の方はというと…解説するまでもないだろう。
相変わらず回復アイテムの使用を個人的な理由で渋っているため、いつも万全の態勢で戦えていない。
それが余計なダメージに繋がり、結果的に回復アイテムを多く使用していた。
道中の宝箱で手に入れた魔法書の力で、ようやく最初の魔法を覚えたというのに、喜び勇んで無駄に魔法を連発し、MP切れになっている状況も御想像の通りである。
にもかかわらず意地だけは全力なようで、どちらがよりたくさん敵を倒せるか二人で競い合っている様子…。
何故協力するという答えが出せないのか…遠い世界から二人の様子をただただ無言で見つめている、ロイド・アスプルンド伯爵であった。





 広いようで狭い森。見た目にはマップの繋ぎ目など無いが、実際はいくつもの小さなマップが繋ぎ合わされ作られている。
ゲーム的な事情をメニュー端末の地図から垣間見つつ、キューエルとヴィレッタはどんどん先へと進んでいた。
 ふと、切り換えたマップの端っこに味方キャラクターを表す青いマーカーが二つ。
気付かれないようそっと木陰から見てみれば、それは探し求めていた上司の姿に他ならなかった。
湖のほとりでスザク似の男と座り込んで談笑しているようだ。
予想はしていたが、凶暴なモンスターが近くにいるかもしれない森の奥で、のんびり座って話し込んでいるのが我が上司かと思うと情けない。
よくよく考えてみれば、何でこんな奴助けに来たんだろうか…。
 今更な話は置いておくとして、問題はどうやって登場するかである。
二人は顔を見合わせ地図も見ながら考えこんだ。
なにせゲーム内に始めからプログラムされているNPCのフリをしなければならないのだから。
 この森に来たストーリー上の理由は【 黒の騎士団が放ったモンスターが暴れていて、人々が困っているからそれを倒す 】。
こんな危険な所にいるNPCといえば、逃げ遅れた民間人か討伐に来た傭兵ぐらいだろう。
民間人のフリでは意味が無いから、ここは傭兵になりきって…

 様々なパターンを考えていた時だった。
「おぉぉぉっ! ヴィレッタにキューエルではないか!」
突然肩を叩かれたかと思うと、背後から聞き慣れた声が喧しく耳に響いたのだ。
「何だ、お前たちもやってたのかこのゲーム。」
 …まずい。確実に本物だと思われている。
キューエルはヴィレッタに目線を送ると、考えていた作戦を咄嗟に実行に移した。
「ほぅ…我々を知っているのか。」
「たかが傭兵、されど傭兵だと思っていたが、こうして見知らぬ人に名前が知れているとは何か不思議な感じだな。」
二人の予想外の反応に、ジェレミアはただきょとんと立ち竦(すく)んだ。
と、横からスザクが顔を出す。
「あ、あなたたちもモンスターを倒しにやってきた傭兵さんか何かですか? 我々も探しているんですが、それらしきモンスターは見当たらず…。」
 ナイスフォローだ枢木。おかげでNPCとしての立場が確立されそうだ。
…少しほっとした一瞬に表情が緩んでしまった二人だったが、その僅かな変化にジェレミアが気付くわけもなく。
未だによく分かっていないようなので、自分の方から自己紹介をしてやった。
私は傭兵の《 キューエル 》だと。その仲間の傭兵《 ヴィレッタ 》です、と。
ここまで言ってようやくスザクと同様の、プログラムされたキャラだと分かってくれたらしい。
何かキューエルにだけ向けられる冷たい視線を感じたが、とりあえず純血派の時では考えられないほど素直に握手を交わすのであった。
 ようやく最初の問題をクリアしたわけだが、このまま最後までNPCを貫き通せるか少し不安が残る。
バレないか否かという心配ももちろんあるが、こんな調子で果たしてジェレミアは生き残れるのだろうかという部分だ。
ただの取り越し苦労であってほしいと願いながら、キューエルは話題を変え、初対面のシーンらしい会話を試みた。
「ところで、こんな場所で何をのんびりしているのだ? モンスターはどこにいる。」
「それが見つかれば苦労はせん! 何か情報があれば全力をあげてこの私に報告するように!」
 問い掛けられたキューエルの言葉に対し、その答えは予想を反して上から目線だった。態度も冷たくそっけない。
その後もいろいろな話題で会話を試みるが、どんな話でも同じような態度で返されるばかり。
完全にNPCだと思い込んでいるようなのだが…だとしたらそっくりさんに私情を挟みこんでいるのかこの男は。あるいは、ゲームだから自分は主人公で勇者だからと威張り散らしているのか…どちらにせよ、全くもってダメな上司だ。なんとなく想像はしていたがそれ以上だ。
 だいたい、モンスター退治に来ておきながら、ちょっと探して見つからないからと優雅に水浴びしている場合か!
付き合わされているスザクに何か哀れさすら感じてしまう。
この天然男と二人で冒険など、ご苦労様としか言いようが無い。
そしてまた当の本人には何の罪悪感も無いらしく、濡れた髪をかき上げながら、澄み渡った空をすがすがしそうに見つめていた。
ボロボロの軍服は相変わらずみっともないが、返り血や泥が洗い流されただけまだマシといったところか…ツッコみたいところは山ほどあるというのに、NPCがそんな介入をするのは不自然だ。それがジェレミアに自由を与えまくる結果を生んだとしても。
やりたい放題言いたい放題、こんなお気楽勇者とこれから命懸けの冒険が始まるのかと思うと、キューエルもヴィレッタもため息が絶えなかった。
 「ところで、二人は水浴びしていかないのか? 良い休憩になるし、冷たくて気持ちいいぞー。」
「貴様と一緒にするな! 我々は休憩などしなくてもまだまだ元気だ。」
「そうか…傭兵だったな、たしか…。」
キューエルはどこか素が出ている傾向にあったが、幸いなことに気付かれてはいないようだ。というか、ヴィレッタから見ればいつもの光景に近い。
今回はキューエルの作戦勝ち、ジェレミアが少しだけ気まずそうにした、その時。

 突然大地が大きく揺れた。地響きと共に湖面は激しく波立ち、周囲の木々も枝を揺らして葉を散らしている。
罅(ひび)割れていく地面で必死に態勢を保ちながら、四人とも咄嗟に武器を構えた。
片手剣使いのジェレミアとスザク、剣と魔法を両立するキューエル、そして後方から弓矢と魔法で援護するヴィレッタ。初めての共闘戦線だというのに、そこには自然と陣形が組まれ団結が感じられる。
これなら何とかなるかもしれない。
やがて湖が二つに割れると、水飛沫と共に湖底から巨大な影が現れ空と視界を覆い尽くした。
大きな翼、金属のような鱗、そして長い尻尾に鋭い爪を持ったその姿は、おそらくドラゴンの一種だろう。
血に飢えたような不気味な瞳と目が合った。
 怖い…これまでの敵とは大きさが違いすぎる。紛れも無くボスモンスターだ。
初めてモンスターを見た時も相当な恐怖感があったが、そんな比ではない。
それはヴィレッタとキューエルにとっても同じことであった。
これまでは改造したパラメータにものを言わせて楽勝を重ねて来たわけだが、さすがにこの大きさではたじろぎも隠せないだろう。
言葉で説得などできない、戦艦やナイトメアのような兵器の類いももちろん無い。
己の力だけで戦わねばならないのだ。負けたら…終わりなのだから。
 恐怖や油断、様々なスキを突かれ、モンスターの先制攻撃が始まった。
このゲームはRPGだが、戦闘はターン制でも対面式でも無い。のんびりしていたら容赦なく襲われ、横から後ろから攻撃は飛んで来る。
 その容赦の無い攻撃を最初に食らったのは不運にも主人公であった。
重さ数百キロとありそうな太く長い尻尾に弾き飛ばされ、何十メートルと離れた木に激突。倒れこんだその体に、躱(かわ)す間もなく足の爪を突き立てられ、固い土の上をズルズルと引きずられていく。
…どうすることもできなかった。最後は爪が刺さったそのままの状態で遥か上空へと連れて行かれ、ゴミでも払い落とすかの如く遠い地上に向かって投げ捨てられ―――――――――。
 見事なまでに成立してしまった敵のコンボ攻撃。
僅か数分でHPは危険を知らせる赤の点滅状態、つい先ほど洗った服は自分の血で赤く染まり、少し動いただけで体中から痛みが走る。意識が遠のいていく。
肉…骨…神経…内臓…どこまで深くやられただろうか。傷口を見るのが怖い程、体中を走る言葉にしがたい激痛。

 「…ヒーリング! ヒーリング! ヒーリングーーーッ!!」
断末魔にも似たような声で、回復の呪文が繰り返された。
乱れた呼吸で血反吐(ちへど)を吐き散らしながらも、必死に唱えたその言葉が白い光のヴェールを生み、傷ついた体を優しく包み込んでいく。
 ほんの数秒、不思議な感覚。
あれだけ痛かった傷が光の中に吸い取られ、跡形も無く消えていった。
縫い合わせたわけでもないのに深く抉られた生傷は完全に塞がり、触っても全然痛くない。
流した血が破れた服の裾から滴り落ちている反面、体の中にはもう新しい血液が作られ巡っているようで…改めて魔法の凄さというものを実感したジェレミアであった。
 ところで、休憩のつもりだったはずの水浴びが偶然の奇跡を起こしていた。
どうやら湖が、HPとMPを全回復できる場所だったようなのだ。ボス戦の前に回復ポイントが用意されているというよくあるパターンだったのだが、そんな解説など無かったため天然の性格に助けられた奇跡と言えよう。
あそこで回復していなければ間違いなく一撃で死んでいた。MPも残っていなかったから魔法での回復も無理だった。
天然な性格に感謝するのもアレだが、とりあえず立ち上がりまた剣を構えられるまでに復活を果たすことができたのである。
 ただ、傷の回復はしたが脳裏に焼き付いた恐怖感までは消えてくれなかった。
怖い。前に踏み出せない。
さっきは背中だったからたまたま助かったんじゃないのか。心臓や首へダイレクトにあの爪を突き立てられたら…もっと高くから落とされたり、湖に沈められたりでもしたら…。
ゲームオーバー。だってただのゲーム。ゲームアウトするだけ。死なない…本当にそうなのか? あの痛みは紛れもなく本物だった。これは本当に遊びなのか…?
 何が現実で何がゲームで、どこまでが安全でどこまでが危険なのか、だんだん分からなくなってきていた。
どうせゲームだと高を括っていたから、これまで平気で戦えた。 一歩間違えればそこに死、咄嗟の判断を見誤っただけでもすぐに死、どこを見ても死だらけの戦いかと思うと、怖くて足が踏み出せない。
あれだけの攻撃を受け、死ぬような痛みを知ってしまったら当たり前のことなのかもしれないが。
人目など忘れてロイドの名を叫んでみたが、きょとんとしたスザクの視線だけが返されてしまった。
もう誰も助けてくれない。 ここにいる四人だけでこの状況を打破しなければならないのだ。
 HPこそ回復したがいろいろと危なっかしいので、憔悴勇者はしばらくレベルの高い傭兵二人とベテラン剣士に守られながら、後方での回復魔法専門ポジションへ立つことに。
とはいえ、MPにも限界がある。ヴィレッタとキューエルが大量に持って来たMP回復アイテムはあるが、これがまたオレンジジュースときている…。
 HPの回復がオレンジで、MPがジュース。
しかも、何だこの瓶の絵柄は。オレンジに顔が付いている。ジェレミア・ゴットバルトによく似た顔が描かれている。葉の形や色も、やけに顔にマッチした七三分け。
…嫌がらせだ。 間違いなく。
過去から来る個人的な拒絶、でも命に関係のないちっぽけな悩み。
オレンジもオレンジジュースも大嫌いで、できれば飲みたくなかったが、この壮絶を期した状況において長らく付き合ってきたオレンジへの嫌悪感は綺麗さっぱりと弾け飛んでいた。
 神に縋るかの如く、オレンジジュースを何本も開けては最後の一滴まで綺麗に飲み干し、前線で戦う三人へ回復魔法を捧げ続ける。
思えばスザクもキューエルも、現実の世界では大嫌いな人間で、いなくなればいいのにと何度も考えた。…それが今自分の手で、自分の意思で助けているとは。
 彼らが死んでしまったら誰も自分を守ってくれなくなるからだろうか。きっと違う。
ゲームだけど痛くて、怖くて、死と隣り合わせで、それでも戦う彼らが本当に凄いと思ったからだ。
現実世界の因縁など関係ない。彼らは尊敬すべき仲間。皆で協力して敵を倒すのがRPGじゃないか。
過去を払拭し、矜持を捨て、オレンジジュースを片手に唱えるヒーリングという言葉が、森の中から何度も何度も聞こえてきたという。





 光のヴェールを浴びながら、キューエルもヴィレッタも、とある異常を感じていた。
敵が強すぎる。
レベル五十に改造してもらったこのパラメータで苦戦しているのだから。
武器攻撃、魔法攻撃共に当たっていることを考えると、HPが多過ぎるか防御力が高過ぎるか…いずれにせよこんな序盤の敵とは思えない強さであった。
戦闘バランスの作りが悪いのだろう。あるいは隠しボス的な何かを目覚めさせてしまったのだろうか。そもそもこのゲームにはエラーが生じているのだから、そっちの線も考えられる。
とにかく改造パラメータを振り翳(かざ)して楽々と進んできたこれまでの雑魚戦とは違いすぎていた。
新米勇者ジェレミアの回復魔法に頼りながら戦うレベル五十の助っ人という現状が少しプライドを傷付けたが、今はそんな場合ではない。
剣と魔法、そして弓矢という様々な連携攻撃を何度も繰り返し、回復魔法とアイテムの力を借り、自分の血と返り血でその身を真っ赤に染めて、長い戦いはようやく沈静化した。



 「はぁ…はぁ…。ようやく終…わったのか…。」
髪の先から赤い滴が幾筋も頬を伝った。
流した血の量は計り知れず。浴びた返り血もまた計り知れず。足の先まで鮮血でドロドロ。
肩で息をし、疲れきった様子で力無くその場にへたりこんだ。
傍らにはドラゴンの死骸。額にはキューエルの剣が突き立てられ、他にも無数の矢傷や斬撃の跡が見て取れる。
そこから流れ出る血は人間のそれと似た色をしていて、辺り一面が赤い水溜まり。そして噎せ返るような嫌な匂い。
あの美しかった湖は戦慄の痕跡へと変わり果て、凍り付くような静寂だけがその場を支配していた。
 それでも、四人は揃って水の中へと身を委ねていく。
水位は下がり、怪物の鱗やら肉片やらグロい物が所々浮かんでいて、とても浸かりたくなるような湖ではなくなっていたが、もはやそんなことは関係無い。
体中に付いた血を洗い流す。無論、返り血だけではない。己の血も傷口ごと無くしていった。
赤く濁っていく水の中で、体も心も不思議と癒され全てが元に戻っていく。
長い戦いに疲れた体も、爪や牙に引き裂かれた傷口も。蹴られて踏まれて、砕けた骨までも。
見た目はすっかり変わってしまったというのに、湖の持つ不思議な力はずっと残っているようだった。
 ところで。
綺麗に体を洗ったわけだが、キューエルの剣は遥か見上げた先に刺さったままだ。皆すっかり忘れていた。
死んだドラゴン、全高およそ四メートル。倒れているのにこの高さ。
血に染まった死骸を四メートルもよじ登り、あの剣を回収せねばならない。
持ち主であるキューエルは、何とかこの役目をジェレミアに押しつけられないものかと頭の中で考えた。
やってる最中は飛び上がる巨体に自ら進んでしがみつき、必死に剣を刺したわけだが、終わってみればもうこいつには絶対触りたくない。
血の他にも、鱗の隙間からドロリとした怪しい色の体液が流れ出ていたり、何より腐敗臭がする。
汚れるだけなら湖で洗えばいいのだが、それとこれとはまた別問題なのだ。
 …散々考えた挙句、ジェレミアを丸め込む作戦大成功。
伝説のドラゴンに刺さった剣を引き抜いたら伝説の勇者になれる…! などというしょうもない殺し文句であっさり首を縦に振るとは、言った本人もビックリであった。まさかここまで単純な男だったとは。
 尻尾の先から少しずつ四メートルをよじ登っていくジェレミア。
何枚も重なった厚い鱗のおかげで手掛かりは多く、あまり苦労することなく剣の柄に手が届いた。
(これを引き抜けば伝説の勇者に―――――――!)
期待に胸を踊らせながら思い切り剣を引き抜いた…その時だった。
ジェレミアの足下が突然揺れたのだ。小刻みに震えたり、止まったり、何やらピクピクと動いている。

 「まずい…逃げろ、オレン…ジ――――――――…」




 何…だろう。
 …何か、キューエルの声が聞こえた気がした。
 …何か、とてつもない痛みを感じた気がした。
 ほんの一瞬、何かが当たった。何かが刺さった。ただ、それだけで。

 ……………もう、何も分からない――――――

意識の全てを無くしたジェレミアが、一振りの片手剣と共に暗い水の底へと誘(いざな)われていったのを、ただただ呆然と部下の二人が見つめていた。



 スザクもヴィレッタもキューエルも、予想外の出来事に慌てふためいていた。
というかこんな展開を誰が予想できただろうか。
RPGといえばよくあるパターンだが、まさかここでそれが出て来るとは一体誰が考える。
モンスターが変形して真の姿を見せてくるなど、ラスボスの演出だけで十分だ! というかラストまで残しておけ! …などと突っ込む余裕は無い。
つい先ほどまで赤い血を流して死んでいたドラゴンが、何の前触れも無く息を吹き返し、そして引き抜かれた剣の傷跡から内なる者が翼を広げて飛び上がっていったのだから。
 そこには外殻だけが虚しく残り、全てが戦闘前とほとんど変わりない絶望的な状況。
敵は一回り小さくなったが、こういう変形タイプは後から出て来た奴のほうが強いに違いない。
幸い回復は出来ていたのだが、とても万全の状況とは言い難かった。
なにせパーティで一番攻撃力の高かったキューエルが、武器を失って何も出来ない状況にあるのだから。
自分の剣は自分で取りに行けば良かったと激しく後悔したが、時すでに遅し。
彼の剣はジェレミアが持ったまま。そしてそのジェレミアは、変形時に見せた謎の攻撃を受けて湖に転落、一向に水から上がって来ない。
何があっても湖がHPを回復してくれるはずなのに。
回復に時間を要しているのだろうか。そんなにも深い傷を負ったのか。ただ待つしかないのか。空気の存在しない水の中に、長らく体を沈めて放置して…待ったらどうなるかなど考えなくても分かるだろう。
キューエルはその場をスザクとヴィレッタに任せると、ためらうことなく湖の中へと飛び込み、そして暗闇の中へと消えていった。


 任された二人もまた大変な話である。
四人で必死に戦って苦戦した相手の第二形態。敵はまだ傷一つ負っていない。だがこちらはすでに二人も戦線離脱している。
もちろん、じっくり作戦を練って戦える状況ではない。
残った外殻四メートルを踏み台に勢いで仕掛けて行ったスザクだったが、その攻撃はいとも容易く躱され、変わりに己の血が空を舞った。
意識の無いまま地面に墜落し、赤い水溜まりを作ってピクリとも動かない。
 残されたのは圧倒的な恐怖ただひとつ。
最後の一人には武器も魔法も健在だというのに、何もできないままその場にへたりこんでしまった。
こんな奴と戦えない。絶対勝てない。だけど、皆を置いて逃げるなどできない。
…ここで終わるのか。自分の方から申し出て、異次元世界にまで助けに来て、クリアどころか己の命が尽きるのか。
(全く… 世話の焼ける上司め…。)
涙ながらに覚悟を決めたその一瞬、対岸の崖から何かが光り、爆発した。
激しい慟哭。そんなモンスターの悲鳴が、まるで祝福を告げる鐘のように、ヴィレッタの耳元で木霊した――――――――




………………to be continued









◆あとがき◆

 RPGをテーマとしたお話、【GAME】の第2話でした。
ついにヴィレッタとキューエルが登場しました!
やはり主人公ジェレミアのパーティにはこの二人が欠かせません。
なんだかんだ言ってジェレミアの事が大切で、生きていてほしいから命をかけてゲームの中まで助けにきたのに、いざ顔を突き合わせると喧嘩ばっかり。
喧嘩するほど仲が良い、というような、純血派の三人はこれからも大活躍の予定です。
ところで、今回もRPGの鉄則がいろいろ出てきましたねぇ。
ボス戦の前には回復ポイントとか。広いマップに見えてじつは小さいマップの集まりとか。RPGあるある話でネタを補完しつつ、本気の戦いを重ねシリアス路線を固めていく。
…ということで何か今回は全力出血なお話となりました。
これ、リアルに書くかやんわり書くかで結構考えたんですが、こういうのは血を見て傷を負って初めて分かるモノだろう! ということで思い切り出血していただきました…。
その反面オレンジジュースのボトルにジェレミアが書いてあったり…シリアスとネタのバランスを取るのがなかなか大変なんですヨ。
最初から最後まで血を見るだけのお話では怖すぎてとても見れませんからね(汗)

さて、ここからは次巻予告です。
ヴィレッタの危機的状況のお話はひとまず中断し、ゼロ率いる黒の騎士団の話がメインとなります。
ハッキングしたプログラムとは…もうお分かりですね?
そう、ついに彼らがこのGAMEに参戦してきます。
それがジェレミア達の未来にどんな影響を与えるのか、そしてそれを見たロイドは。

王道あるあるRPG小説・「GAME」、次回も全力でよろしくお願いします!