深く冷たい海の底に、たった今それが落とされた。
海溝と呼べる真っ暗な谷の底に、人間が作った大きな機械が二つ。

 一つはガウェイン。
黒の騎士団がブリタニア軍から奪い、改造した巨大なナイトメアフレームで、二人乗りも可能という珍しい機体だ。
黒と金のカラーリングが成された人型の機体からは幾本ものスラッシュハーケンが延び、もう一つの機体をガッチリと捕らえたまま放さない。
そのまま海に押し込んだのだ。
 ガウェインは大きい。平均的なサイズと二メートル近く違う。
しかし、それを遥かに陵駕した機体がすぐ側にあった。
 ナイトギガフォートレスというカテゴリーに属するこの機体【ジークフリート】は、ブリタニアの地下でひっそりと研究されていた特殊な兵器である。
武装は巨大なスラッシュハーケン五機のみ。銃器の類いも無ければ手も足も存在しない。何かの果実に似ているような違うような…そんなデザインをしていた。
 しかし、その特異さは外見だけに止どまらないのだ。
なにせ、操縦席も操縦桿もこの機体には存在しないのだから。
あるのは四つの端子と、そこから延びるケーブルだけ。
これを体に直接差し込める者…即ち、実験適合生体にしか、ジークフリートは操縦できないのである。
普通の人間には起動させることすら不可能なこの機体。
ワイヤーに捕らわれ、半分砂に埋まったそんなジークフリートが、海の底でゆっくりと動き出した。
 コクピットハッチが開く。
二枚の板がスライドし、オレンジ色に光る丸い床がせり上がってくると、何やらシルエットがぼんやりと見えて来た。


 それは、人間《 だった 》男。
人間の手によって人間を奪われ、地位も名誉も爵位も、何もかも失った元辺境伯、ジェレミア・ゴットバルトの姿であった。
 左肩には大きく突出した廃熱装置。これを外してしまうと体温を正常に保てなくなってしまうらしい。
腕や足に装備された鋭いブレードも、左側だけだ。
背中から延びた四本の長いケーブルは、彼が機械であることを端的に表しているかのようで。
一本、二本…その事実を否定したいからなのか、乱雑に、無造作に、一つ一つ引き抜いていった。
 そのまま地面に飛び下りる。
およそ人間には生きられない、水圧と真空と闇に満ちた世界に、足跡が付けられていく。
乱れることもなく、確たる意思の元で。次々と。
 青緑の髪が水に揺らめいたかと思うと、その隙間から憎しみに満ちた緑色の義眼と、何かを求めているかのような寂しげなオレンジ色の瞳が垣間見えた。
そんな両目が、真っ暗な世界をゆっくりと見回していく。

 何もない。
魚もいない。海草もない。岩と砂と水しかない。
こんな所でも生きていられるのは、自分が機械だからか。人間じゃないからか。
わかっている。だけど、だから、…嬉しくない。喜びの感情など沸かない。
今、自分を笑顔にしてくれるのはたった一人の人間だけだ。たった一人の人間を、捕らえ、倒すことだけが、至福なんだ。

 目の前にある、人型自在戦闘装甲機。完全に機能は停止している。
絡み付いたワイヤーも、腕も、足も、もう動き出す気配はない。
 だって、中にいるのは《 人間 》なんだから。
自らを深海へと追いやり、殺そうとした人間。汚名を着せ、散々弄(もてあそ)び、挙句何もかも奪っていった大嫌いな人間。
目の前にそいつがいる。
ここは笑うべきなんだろうか。
夢にまで見た、復讐の時が来たのだ。積年の恨みが、今ようやく…。
 ガウェインのハッチにゆっくりと手を掛けた。
自らが手を下すまでもなく勝手に溺死しました、では気持ちが納まらないから。
必ず自分の手で裁きを下したいから。

 そう、長きに渡って追い求めてきたゼロを、ついに――――――――。



正直、動揺を隠せなかった。
二人乗りのコクピットに、ぽっかり空いた一つの座席。
手前の席に座り意識を失っているのは、服装も体格もゼロに程遠い細身の女だったのだ。
 この女は誰なんだ? ゼロはどこだ? いつ脱出した? それとも、ゼロは最初からいなかったのか?
様々な思考が頭の中を駆け巡る。
戦っている時、たしかにゼロの声を聞いた。ゼロは必ずこの近くにいるはずなんだ。きっと島にいるんだ。この女を囮にして。
 ゼロはずっと騙していたに違いない。操縦席が見えない、相手が誰だか分からないナイトメアフレームの特性を利用して、海の底に沈めようとした。
そして、自分はのうのうと地上に残って、ただの傍観者に成り下がって…。

 込み上げてくる、怒りの感情。
同調するかのように、左目の内部で連発する不規則な放電。内に張り巡らされた配線が緑に光る。
血走った瞳の奥に見えたのは、狂気。
 痛みなど感じなくなった下唇を強く噛み締めると、コクピットブロックを蹴って浮上し始めた。
攻撃され、絡み付かれ、浸水して、壊れた機体を海底に放置したまま。
 地上まで一体何千メートルあるのか。光すら届かない深海から、大気に満ちた地上へ。その身一つで。
人間じゃないからこそ出来得る、暴挙。
でも、その事に感謝は無い。驚きも無い。喜びも無い。

 本当は、普通の人間でいたかったんだ―――――――――――――――。










 島が見えた。見覚えのある赤い機体と白い機体も。この二つがあるのだ、間違いなくゼロは…。
さすがに泳ぎ疲れたか、岸に着いた時にはすっかり消耗した様子であった。
機体は海の底、部下も仲間もいない。武器も持っていない。
それでも、決して逃げようとはしなかった。
このまま帰ったら、また実験体にされるんだ。
またあのカプセルに閉じ込められて、眠らされるんだ。
ゼロと戦えるなら、永遠の眠りにつく覚悟だってある。
ゼロが憎い。
何をしても、何を犠牲にしてもゼロを倒したい。
 長く伸びた前髪から点々と滴り落ちる海水の雫が、まるで足跡のように堅い岩の上へと刻まれていく。
軌跡は真っ直ぐに、何かに共鳴するかのように。左右非対称のシルエットが足跡と共に洞窟の中へと消えて行った。





 復讐というものは、時にあっけなく終わりを迎える。
強い強いと思っていた敵も、あっさり攻略できたりする。
狐につままれるとはこれを指すのだろうか。
 洞窟の奥にあった一枚の大きな扉。
その正面…祭壇のような、一段高くなっている舞台に、長い戦いの終わりに相応しくない虚無が存在していたのだから。

 ゼロ…
 枢木スザク…

倒れ伏した二つの体があった。
おそらく互いに撃ち合ったのだろう、 二人の血で祭壇の床は真紅に染まり、階段を伝って下まで滴り落ちている。
そして、その先には亡き命がもう一つ。
まだ若い女の子だ。
ゼロの死にショックでも受けたか、黒の騎士団の制服を纏った赤い髪の少女が、自らに銃を向けて死んでいた。

 恐る恐る階段を上る。血の海を歩きながら。
こんなに呆気なく終わるのか? あのゼロは、こんなにもあっさり死んでしまう程弱かったのか?
足元に転がった枢木の銃を手に取り、その先端をゼロの方へ向かって力強く構えた。
こいつはただのダミーで、本物はどこかに潜んでいる可能性だって十分にある。
そうだ、ゼロはいつも卑怯な作戦ばかり使ってくるじゃないか。
部下を使って、自分は傍観者で、戦場の脇で嘲笑って、まるで遊んでいるかのように、楽しそうな顔をして…。

(ゼロは、この私が――――!)

 巡る思惑の中だった。突然左目に異常を感じたのは。
ゼロの事も忘れ、思わずしゃがみ込む。
咄嗟に落とした銃が、血溜まりの中で赤い飛沫を小さく跳ね上げ、静寂を裂くように音を立てて転がった。

 鏡が無いから分からないが、左目は青い光を放っているのだろうか。
何となく、そんなものを感じたのだ。
いつもの、配線がもたらす緑の光じゃない。これは、何かとてつもなく大きな力のような…。
 青い光が鳥のようなものに姿を変え、遺跡の扉へ飛んでいったように見えた一瞬の違和感。
視界がズレ、不気味な幻が強制的に割り込んできたかと思うと、目の前の扉が青い光で満たされていた。
細く、何本も走る光。そして、中央にある模様のようなものが一層青みを増した、その時だった。
大きな音をたてて、扉が崩れ落ちたのだ。壁も、そして天井の一部も、まるで左目が睨んだ場所をターゲットにしたかのように、青い鳥が飛んでいき、その度に破壊されていった。
 その突然の出来事に、思わず頭を抱えて防御体制に入る。やはり本能か、条件反射という奴か。改造され、ただ復讐のためだけに生きていた彼ですら、その対象を置いてただ己を守っていた。


 崩落がようやく落ち着いた頃。
破壊も光も謎の鳥も、人の気配すら全く感じられない静寂がその場を支配していた。
扉は完全に崩れ落ち、代わりに積み上がった瓦礫と埃の山。
扉の先にあったのはただの石壁、出口があるわけでもない、無意味な扉。誰もそこからは逃げ出せないだろう。
 そんな扉と壁の瓦礫に、ひとつの体が埋もれていた。
手だけが空しく伸びている。そこから命は感じられない。
銃を片手に、死んでいった人間。
岩の隙間から頭が見える。 黒い髪だ。 そして、赤いマントの端も。

 今この時確信した。
この瓦礫の下にいる人間こそ、本物のゼロなんだ。
ずっとずっと追い求めてきたゼロ。 世界中の誰よりも嫌いだった、憎かったゼロ。
本当は自分の手で殺したかった。あの言葉の意味も聞きたかった。でも、もうその望みは叶わなくなってしまった。
だけど、今はそれで十分…いや十二分だ。 これで、長い苦しみから開放される。 ようやく終わるんだ。
再び銃を手に取ると、瓦礫の隙間に向けて祝福の弾丸を撃ち出した。
何度も何度も。

「感動、歓喜、感激の喜びが幸せ!」
「私の素晴らしき雪辱! 復讐の完遂は何たる勝利ぃぃ!」

 嬉しそうに。まるで、子供のように。
凶器を狂喜で振り翳(かざ)す。
瓦礫の下の地面だけ、さっきよりも赤の面積が増えていた。

 黄色い声と銃声は、洞窟の外まで漏れていたらしい。
弾が無くなり、少しだけ正気を取り戻した頃には、階段の下に人の気配が生まれた後であった。
かつて自分を投獄し、降格処分を下した男の声が自分の名前を呼ぶ。
驚いたような、怯えるような、震えた声で。
静寂の中、後ろから聞こえたその名前に、実験適合生体は目の前の惨状から目を逸らし、ゆっくりと後ろを振り返るのであった。








 エリア十一の総督であり神聖ブリタニア帝国第二皇女コーネリア・リ・ブリタニアの病室に、四人の高官たちが顔を並べて話し合っていた。
ゼロの攻撃を受け重傷を負ったコーネリアと、彼女の騎士、ギルフォード。
コーネリアの兄であり第二皇子のシュナイゼル。
彼は遠く離れたブリタニア本国にいるため、パソコンを介しての参加だった。
そして、彼の部下でありジェレミアを直接的に改造したバトレー・アスプリウスの計四名が、極秘裏に集まって何やら会議を開いている様子。

「ゼロの正体は…死亡とされていたルルーシュ皇子でした…。」
ギルフォードの報告を受け、皆一斉に表情を引きつらせた。
普段あまり感情を表に出さないシュナイゼルですら、モニターの向こうで明らかに動揺している模様。
「残念ですが間違いありません。私立アッシュフォード学園高等部二年、ルルーシュ・ランペルージことルルーシュ・ヴィ・ブリタニア様が黒の騎士団のゼロでした。」
「そうか…ルルーシュが…。」
コーネリアもシュナイゼルも、幼い頃一緒に遊んだ兄弟がそんなことになっていたと分かり、残念で仕方がないという顔を見せた。
死んだと思っていた弟が生きていたことは嬉しかったが、それがこんな形で再会するハメになったのだ、無理もないだろう。

「それで、問題はこれからです。ゼロが学生でブリタニアの皇子だったということが世間に知れたら面倒な事になりかねません。
幸い、まだこの事実は我々四人しか知りませんし、なんとかうまく事を穏便に片付けられないものかと…。」
ギルフォードは皆の顔を見回す。意見を求めているといった感じだ。
「そうだね…。メディアはゼロが死んだという報道をいち早く流したけど、まだその正体については気付かれていない。それに、ゼロを殺したのはあの子なんだろ?ネタには困らないだろうし、その間になんとかこちらでも考えてみるよ。」
「申し訳ありません殿下、私の管理不足がこのような事態を…。」
「もういいんだよ、バトレー。とりあえずジェレミアにはしばらくヒーローでいてもらおうじゃないか。公爵にでも格上げして。
また純血派でも束ねておいてもらった方が大人しくて助かるよ。」
いつもの調子を取り戻したシュナイゼルは、必死に頭を下げるバトレーに笑顔でそう答え、暗い空気を回復させていった。




実際のところ、今ジェレミアは世間でヒーローになっている。
ゼロが死に、黒の騎士団は壊滅状態、その立役者は、かつてゼロとの繋がりが噂された、時の代理執政官ジェレミア・ゴットバルト…。

 
『オレンジ疑惑など存在しなかった! ノットオレンジ!』
 
『ジェレミア卿はゼロに嵌められていた! 汚名返上ヒーロー参上』
 
『復讐の兵器・改造人間ジェレミアの功績』
 
『さよならオレンジ! ゼロを倒したジェレミアの素顔に迫る』


 …どこの雑誌もこんな見出しばかりだ。
当の本人もあまり嫌じゃない様子で、今のところ暴走も見られない。
多少記者会見でおかしな文章が目立っていたが、改造された存在であること自体が世間に知れ渡っていたので、半ば仕方がないものだと皆諦めており、あまり批判の声は上がらなかった。

 「ゼロを倒したヒーロー、改造人間ジェレミア公爵…か。 その実態は皇族殺し………。

ルルーシュ………。」

戦場の鬼神と言われたコーネリアですら、弟の死を前に涙は隠せないらしい。
包帯を巻いた腕で両目を押さえ項垂れたその姿に、総督としての面影は無かった。
一人の《 姉 》として悲しみに暮れた。
 そんな主君に、騎士はそっとハンカチを差し出す。 そして、慰めてあげたい一心を押し殺し、現実を話題に持ち出した。
 「しかし、実際問題ジェレミアをあまり表舞台に出しすぎるのは危険かもしれません。
殿下もご存じかと思いますが、ジェレミアはゼロしか見えていなかったようです。
軍としての勝利、作戦、統率、陣形、命令、全てを無視した結果がたまたまああなっただけにすぎません。
そんな人間…いや、改造人間をヒーロー扱いにし、おまけに階級や爵位まで上げるのがはたして良い結果に繋がるのか…私は賛成できません。
神根島で彼を確保した時も、ゼロの正体をやたらと知りたがっていました。
黒の騎士団の残党や味方の状況、この戦争の流れなど全く興味が無いといった感じです。
それと、彼は昔から皇族への忠誠心が高く、ゼロがルルーシュ皇子だったことが知れるとますます面倒なことになるのではないでしょうか。」
「今のジェレミア卿はまだ実験段階で、知能に問題が残っています。ちゃんと会話ができる状況にあるのかすら…。
目覚めの一言が《 おはようございました 》だったんですよ?
我々研究チームも、いろいろと話聞かせたんですが、いきなりジークフリートを奪われ、暴走した挙句逃げられました…。
とりあえず先日一度調整した分に関しては問題ありませんでしたが、やはりまだ知能が正常値まで回復しません。
何か隠し事や言い訳、反論をすると過敏に反応する所も治っていないようで…。」
「しかし、それはゼロを追ってのことだったそうじゃないか。ひとまずゼロは死んだし、何より自分の手で殺せたんだ。今のところは満足しているだろう。
それに、世間は単独でゼロを倒した功績を称えたいらしいからね。
統率や作戦など細かいことより、結果を求めているんだよ。
そして、その理論でいくとジェレミアは間違いなくヒーローなんだ。
今は、この研究の事も含めてこれからどう隠していくかを考えてほしい。
またいつ暴走するかわからないし…たまには君が行って落ち着かせてやってくれ、バトレー。」
「イエス、ユアハイネス…。」

 「ところでギルフォード、枢木はどうなったのだ?」
ようやく落ち着いたのか、コーネリアがいつもの調子で質問してきた。
「はい、その件ですが、検証した結果彼はゼロの所持する銃によって死んだと断定されました。
また、ゼロを撃った拳銃は枢木が持っていた物と一致しましたので、すでに絶命した枢木の銃をジェレミアが奪って撃ったものと思われます。
実際、私が洞窟を発見した時中からはジェレミアの声と銃声しか聞こえませんでした。それも喜悦に満ちた声で…どこか恐ろしさすら感じましたから…。」
「そうか…枢木はゼロに殺されたのか…。
よく調べてくれたな、ギルフォード。それに、ジェレミアの回収まで。」

「ありがとうございます。
ジェレミアも、なんとか今は大人しくしているようですし、ゼロの正体については公表しないということで通しましょう。」
 「CODE-R研究の事も、ね。
とりあえず、世間には強化人間計画とでも言っておいてくれないか。新型ナイトメアを操縦させるための改造だという事にして。
この研究の根底を知られてしまっては元も子もないからね…。」
いつになく深刻そうな表情で、シュナイゼル・エル・ブリタニアはそう呟いた。










 ブリタニア政庁。
毎日通る長い廊下。エントランスホール。階段。
顔を合わせる部下たち上司たち。
すれ違うだけで疑いの視線を浴びせられ、オレンジと囁かれる…そんな日々もあった。
 しかし、ゼロが死んでからというもの、皆は変わった。口々にヒーローと叫び称える。もう疑心に満ちた目はどこにも無い。
憧れ、尊敬、感心…そんな視線の真ん中にいるというのに、その心に満足の文字は存在しなかった。複雑な気持ちで満たされていた。


 ずっと殺したかったゼロは死んだ。
オレンジ疑惑も晴れた。
下がっていた位も戻り、さらに公爵へ格上げされた。
毎日のようにカメラを向けられ、あの頃のような軽蔑や疑いの目差しは遠い過去となった。
そう、ゼロを倒したからヒーローになったんだ。

 だけど。
 違うんだ。

ゼロを倒したのは、本当は枢木スザクなのだから。

 あの洞窟に入った時、すでにゼロは死んでいた。死んだゼロにただ自分の感情をぶつけたくて、銃を撃っていただけでしかない。
本当のことを言えないまま、回りが勝手にヒーロー像を作ってしまったのだ。
ついその状況に甘えて付け上がって、こんなに事が大きくなってしまった。
もう今更本当の事なんてとても言えない。

もし言ってしまったら…?
また降格処分される?
それとも、《 嘘つき 》《 手柄の横取り 》《 オレンジ 》って罵られて、前より酷い事になってしまう?

 考えれば考えるほど怖くなった。
たった一言《 ゼロを殺したのは枢木スザクです 》って言うだけなのに。
その一言で、また人生の全てを失いそうな気がして言えなかった。

 そして、ゼロの正体。
結局分からないままだ。
世間にも公表されていない。誰に聞いても教えてくれない。
自分のついた嘘に呼応して、嘘で返して来るのだろうか。
本当は皆知っている。ゼロの正体も、誰が本当のヒーローなのかも。
知っててこんなことをする。
知ってて嘘をつく。
いじらしい、いじめの如く。

今日もまた、眠れぬ夜が更けていった。








 夜の病室では、今日もひっそりと会議が開かれていた。
総督と、その騎士と、その兄と、その部下。
静かな部屋にギルフォードの声が響いた。
「ジェレミア監視班からの報告ですが、ゼロの正体については気付かれていない模様です。
精神的な暴走も見られませんし、新生純血派も問題無く纏まっております。」
「そうか。今の所は安心だな。」
落ち着いた様子のコーネリア・リ・ブリタニアが、ベッドの上で安堵の表情を見せた。
怪我こそ直っていないものの、心はすっかり総督としてのベストコンディションに回復しているようだ。
モニターの向こうにいるシュナイゼルも普段通りの表情をしている。

「ところでバトレー、ジェレミアが遺跡を破壊したそうだが、その件についての調査はどうなっている。」
「申し訳ございません、それに関しては皆目不明でして…ジェレミア卿が壊したのか偶然なのかすらはっきりしないのです。
卿曰く、見た所が次々と壊れていったらしいのですが…左目が光っただの鳥が飛んでいっただのと意味不明な事ばかり申しておりまして…。
そんな改造一切施しておりませんし、全く分からない次第でございます。」
「見た所が壊れていく、だって? もしそれが事実だとすると危険だな…。」
帝国宰相の本気で悩んだ顔はなかなか珍しい。モニター越しだというのにその深刻さが伝わってきた。
「今の所その手の被害は報告されておりませんが…調査に関しては完全に白紙状態です。」
「報告されてからでは遅いだろうな。この件が解明するまでは、あまり目を合わさないようにするしかない。
通達はギルフォードに任せる。」
と、コーネリア。
姫君の命令にはいつも忠実なギルフォードの、イエスユアハイネスが歯切れ良く響き渡った。

「ジェレミアの耳に入るとまた余計な暴走を起こし兼ねないからね、正式な発表は避けて、「 それとなく 」広めるしかなさそうだ。
バトレー、なるべく早く彼を調整して原因を突き止めてくれないか。私はそろそろこちらの仕事に戻る。」
その言葉を最後にモニターの電源が落ち、シュナイゼルが席を外した。



 「気付かれないように…か。」
「調整が全く終わらない上、今のジェレミア卿は嘘や差別を極端に嫌っているようで…はたしてうまく隠し通せるか…。」
「しかし、やらなければならんぞ。
ジェレミアとマスコミと民衆と…皆を欺くのは大変だが、放っておくと関係の無い者に危害が及ぶ可能性が十分にあるからな。」
残った三人は顔を見合わせ、口をついて出た深い溜め息が、空気を重く濁らせるのだった。










 噂というものは、どこからやって来てどこまで広がるのだろうか。
やがて事実のような扱いとなり、人々は変わっていく。その視線には変化が訪れる。平穏な日々を蝕んでいく。
その一方で連日語られるヒーロー像。
微妙なバランスが及ぼす世間の目は、暗雲が渦巻く精神をさらに暗くしていった。

 そう、人々はジェレミアを怖がったのだ。
その瞳に、その体に。
目は左右色違い。右目はオレンジ色で、人間らしい瞳をしているのに、左は不自然なほど鮮やかな緑色なのだから。
おまけに放電し発光し、不規則に動く。
体も同じように、右は普通なのに左側だけ人の肌をしていない。
血管ならぬ配線に支配された金属の腕が、服の隙間から時折覗き、恐怖を生んだ。
 いつか暴走して、自分たちが殺されるんじゃないか、と。
まともな人間ですら理性を失い狂気を帯びることがある。
この男に理性なんてあるのか?
たとえあったとしても、もしも機械が故障した時自分で止められるのか?
ゼロを殺したように、いつか自分も…。

 …そんな恐怖から勝手に噂が一人歩きしていた。
ブリタニア側から改造内容についての正式な発表がなされていなかったことも理由に上乗せされ、疑心だけが唯唯(ただただ)募る。
毎日のように、ありもしない話がどんどん広まっていく。話が飛躍して、現実離れしたような内容ですら人々は信じてしまうほどに。
何か得体の知れないヒーローがいる、英雄なのか悪魔なのかわからない、と。


 噂が広まるにつれ、ジェレミアはどんどん孤独になっていった。
何もしていないのに、ただ真っ直ぐ歩いているだけで人々が離れていく。
部下も上司も、民衆も。
勇気を出して自分から話しかけても、早く逃げ出したそうな顔でマニュアルそのままの挨拶だけしてそそくさと去っていくばかり。
あまりにも露骨で、あからさまに。 気がつけば、周りには誰もいなくなっていた。
政庁の中にいても、街に出ても。
ジェレミアの周りには常に孤独しかなかったのだ。

 寂しかった。
昔のように部下を持って、純血派を束ねて、立場的には元通りだというのに。
そこに幸せは無かった。心の中は空虚そのものだった。
名ばかりの公爵なんてちっとも嬉しくない。
逆らうのが怖いから、なんて理由で付いて来る部下なんていらない。
オレンジオレンジと苛(いじ)められ、嫌味ったらしく後方に配置されたり待機させられたり…あんなに嫌だった毎日がとても恋しかった。


 戻りたい。

 あの日々に。

 人間だった頃に――――――――――――――――。










 今日は病室ではなく執務室から、うっすらと声が漏れていた。
宰相閣下は仕事中らしく、モニターの向こうにもいなかったが、今回は三人でも十分らしい。
無事退院したコーネリアはもう仕事机と向かい合い、総督として完全復帰、騎士ギルフォードもすぐ側に付いて彼女を手伝っている。
部署が違うバトレーは会議の時だけ呼び出しみたいだ。

 「総督、本当ですか?ジェレミア卿を前線投入するなど…。」
「あぁ。これはギルフォードの案なのだが、この際前線に出て純血派を指揮してもらうことにした。」
「現在純血派は問題無く纏まっています。多少恐怖に支配されている所もありますが、軍隊にはそういったものも必要ですから。
ジークフリートも回収したので、戦力も我々親衛隊と同格かそれ以上。
それに、敵もジェレミアに対して恐怖感を抱いていますからね。彼が前線に立っているだけで効果があると踏んでの作戦です。」
「しかし、例の左目の件は…。」
「機体の中なら問題ない。他の部隊との通信は全てモニターを介して行う。万が一その力が発動しても画面の向こうまでは届かないからな。
もしコクピット内部を強化できるならば、今のうちに改造しておきたい所だが…これに関しては、そちらの研究班に全て任せる。」
コーネリアはきっぱりと言い切ると、机の上にあった書類を纏め始めた。










 誰もいない、がらんとした執務室。
ジェレミアは、毎夜一人で泣き続けていた。

 世間では、ゼロを倒した英雄。ヒーロー。
でも、その真実は…。
本当のことを言えずにいる罪悪感。言えばもっと皆が遠ざかってしまうんじゃないかという恐怖感。
嘘と孤独に苛(さいな)まれ、嗚咽となって現れた。
右側だけに水滴がどんどん溜まっていく。どんなに泣きたくても泣けない、乾ききった左目が虚しさを余計に増幅させ、心の奥に突き刺さる。
涙が枯れるまで泣きたいのに、泣かせてくれない。泣くことさえ許されない。
 何度も尋ねたゼロの正体。皆口を揃えて言う。知らない、と。
どうして教えてくれないのだ。
ずっと求めてきたのはゼロだった。こんな体になってまで生きようとした、理由だったのに。
自分は一体誰を殺したんだ? 誰を殺してヒーローに仕立て上げられたんだ?

 …全てが、己の嘘の代償なんじゃないかと思えてきた。
何もかもぶちまけてしまえば開放されるのか? この孤独から、嘘や偽りの連鎖から。
何度も何度も自分に問うた。
だけど、答えは無い…たった一人で抱え込むしかない。
その弱った心に、嘘で育った英雄の称号はあまりにも重かった。

 そして、今日もまた答えが見つからないまま終わりそうで。明日がやってきそうで。
《 英雄 》だって散々謳っていながら、実際会うと避けられる街。
恐怖で満ちたからっぽの純血派。
孤独に外を歩き、上辺だけで派閥を束ねる…そんな毎日の繰り返しだった。

 もう終わりにしたい。
泣きたい時に泣いて、寂しい時には寂しいって伝えられたらどれだけ良いだろう。
涙が欲しい。ちゃんと喋れるようになりたい。そして人間の心も――――――――――――――――――――――――
 ぐるぐると渦巻く思考の中に、ふと現実的な音が割って入ってきた。
ドアをノックする音だ。
正直この部屋に入りたがる人なんて珍しい。しかもこんな時間に。いつでも歓迎すると言っているのに、誰も来たがらないのだから。
疑心と好奇心に支配されながらも、咄嗟に右の手袋で涙を拭い、ゆっくりとドアを開けた。

 バトレー。ギルフォード。コーネリア。
わずかな安心だった。
知っている顔がそこにあったから。
突然の来客に驚きつつも、一歩下がって敬礼する。体が覚えているかのように、手足が勝手に動いてくれた。
 「ジェレミア。突然で悪いのだが、貴公には黒の騎士団の残党を殲滅する任務に参加してもらう。もちろん指揮官として、だ。」
「イエス、ユアハイネス。」
「それで、任務に入る前に体の調整を行いたい。いろいろと改良も必要だし、実験データも取りたいのだ。」
そう続けてきたのはバトレーだった。
目の前には総督。上官。嫌だとはとても言えない。
流されるように口をついて出て来る、イエスマイロードという単語に、どこか引っ掛かりつつも。
その後も少し説明があったものの…上の空であった。よくわからないまま無意識に返事をした。
無理やり拭った涙はやはり無理やりでしかないのだ。
心の中は別のことでいっぱいで。

 夜中に突然総督がやって来て、大きな任務を与えて下さった。
光栄なことだ。
しかし、そんなことよりもっと大事な…何かを見出だそうとして、そこに必死になって、分からないの繰り返し。
三人は作戦概要の書かれた分厚い書類を置き土産に、スタスタと執務室を去っていった。






 さらに夜は更け…。
自室に戻ったジェレミアの体は、ベッドの中にあった。
見上げた天井はただの真っ黒な闇。右も左も闇。
カーテンを締め切った部屋には、ほんの僅かな夜のネオンだけしか差し込まない。

 静かで、何も無い闇。漆黒の闇。
どこか見覚えがあった。
あれは…そう、いつか見た【 夢 】だ。

 その夢は過去の自分を映した。
嫌な思い出が何度もプレイバックした。
そして最後に……今の自分を見た。あの光景が今でも忘れられない。
緑の目をした半分機械の自分が、人間の自分に銃を向けていたのだから。
 ジェレミアンと名乗った今の自分は殺戮を繰り返し、もはや人間としての暖かみは感じられなくなっていた。
人間によって改造され、人間に都合良く利用され、挙句に捨てられたというジェレミアン。
やがて全ての人間を憎み、復讐の炎に心を捧げて…

 ただの夢に出て来た虚像とは思えなかった。
何もかも今の自分にそっくりだったから。
姿形も境遇も。
狭間が見えない。夢と現実の境目がわからない。

 改造人間って何だ? 実験適合生体? 機械の体?
それはすでに現実離れしていて、夢のような話で…でも現実で、今こうして闇の中でうっすらと見える左手は配線だらけの金属で…左目は泣けない緑で…。
考えれば考えるほど深みにはまっていった。
長く伸びたままの爪が皮膚に刺さる程、強く頭を抱え込む。
呼吸が乱れる。
過去の自分を見せた夢。未来の自分も見せてくれたのか?
未来の自分は…復讐だけで生きる冷たい機械なのか…?
今こうしていることも既に誰かにプログラミングされた内容で、自分の意思なんか存在しなくて、ただ命じられるままに動き、弄(いじ)られ、いらなくなったら捨てられる実験体で…。
 何度も何度も、自分の心臓に手を当てた。
動いている。生きている。
まだ、生きてる。
自分の意思で生きてる。
確かな意思で、今こうして手を動かしている。
いつか意思が届かなくなってしまう前に…。
心まで機械に支配されて、冷たくなってしまう前に…。
たった半分でも、人間の心が消えずに残っている間に―――――――――――――――――

小さく残った人間らしい心の中にとある決心を抱きながら、瞼を閉じて浅い眠りへと意識を委ねていった。










 ナリタ連山。
近い昔、ここで大きな戦いがあった。
多くの人が死んだ。軍人も民間人も。
麓の街は未だに復興作業に追われ、その裏には悲しみが掠(かす)れることなく渦巻いている。

 そんな嘆きの街に、一人の男が立っていた。
青緑色の髪をした【 実験適合生体 】と呼ばれる、人の姿をした人あらざる者が。
瓦礫の陰に身を潜め、入り組んだ路地裏を走り抜け…人目を引くその身を必死に隠しながらどこかへ向かってただ歩く。
涙を堪えているようにも見える憂いを帯びた表情は、心のどこかで、誰かの手を求め、誰かに縋り、誰かに助けを求めているのだろうか。
だけど、それが誰なのか分からない。分からないから、余計に悲しい。寂しい。
そんな姿を誰にも見られぬよう精一杯頑張りながら、悲嘆の街を走り抜けた。
暗く深い、山の奥へと向かって。

 もうどのぐらい歩いただろうか。
消えかけの記憶を蘇らせながら、無我夢中で樹々の間を抜けていった。

 そう…本当は、あの時死ぬはずだったのだ。
輻射波動をまともに受け、自動脱出装置が作動し、間一髪のタイミングで飛び出した、あの時。
…必死だった。生きようと。生きて帰り、最後まで生き残ってゼロを倒してやるんだ、と。それしか頭に無かった。
 だけど、生きられなかった。人として。
歪んだ形で命だけが残り、大切なものを失った。
戦いに敗れ、倒れていたところを拾われた。たまたま研究者に拾われた…それが運命を分けたのだろうか。
目が覚めたら、半分機械。
意識が無いうちに、彼らの手で勝手に実験体にされていた。
そんなこと一切望んでいなかった。
もっと普通に手当てしてくれていたらどれだけ幸せだっただろう。
生き残って、ゼロを倒して、理想だった未来を歩んでいるはずなのに、何か違うのだ。
望んでいた未来には無かった、《 機械 》という文字。
そのまま放っておいてくれたほうがまだ良かったのかもしれない。
こんな体になってまで、果たして生きる必要はあったのか? 機械の行き着く先はきっと…人間に利用される道具でしかないんだ。

 いろんなことを思い出し、思い詰めているうちに、オレンジ色の瞳はすっかり涙で潤んでいた。
片側だけが、まだ人間であることを主張するかのように幾粒もの水滴を零す。そして、もう片側がその涙に拒絶するかの如く乾いていく。
右と左でこうも違う、その瞳。ぼやけた視界に広がる険しい道は、捩(ねじ)れた運命を表しているのだろうか。
 もはや道とは呼べないであろう崖。斜面。数々の地形がその歩みを止めた。
人間より体力があって、身体能力も遥かに優れているはずなのに、心の疲れが体の動きを鈍らせる。
今の姿は左右非対称な事だけを除いて、瀕死の傷でここを抜けたあの時と大差無いであろう。いや、むしろ今の方が疲れきっているように見える。
心と体の両方から、痛みに挟まれ何もかも崩壊寸前だったのだから。
 もう何が正しいのか分からない。何をすればいいのか、何が一番幸せなのか、何をすれば幸せになれるのか…安らぎはどこにあるのか。
枯れ葉に埋もれ、泥にまみれ、何度転んでもボロボロになっても、唯唯(ただただ)歩き続けていた。
汚れた手袋で涙を拭っては意地だけで先に進む。過去に返るために。


 少し開けた、小高い丘の上にそれはあった。
その昔、自動脱出装置で飛び出したコクピットブロックの残骸である。
苔や雑草に支配され、原形がよく分からないスクラップ状態になりつつも、軍に回収されることなくそのままの状態で残っていたこの残骸。
 調査も終わった。人の気配もない。
ここはきっと、誰も知らない秘密の場所なんだ。誰にも見られない、知られない、孤独な死に場所。
ずっとここを探していた。
不本意に動いてしまった時を完全に停止させるために、捩じれた運命に自らの手で終止符を打つために。
もうこれしか方法が見つからなかったのだ。

 そろそろ限界だろう。心も体も。機械とはいえ自分の体の事だからよくわかるのだ。
細い枝を片手に、必死で丘を這い上がった。
何度落ちてもまた立ち上がり、倒れても転んでも地面に縋り付く。あの時捨ててしまった過去はすぐ目の前にあるのだから。
 ようやく手にしたハッチはそこ彼処が歪み、凹み、錆び付いていた。
長い間放置されていたのだから仕方がない。こうして形が残っていただけでもまだ良かった方だ。
絡み付いた草や蔓を無造作に取り払い、引き出されたままのシートにゆっくりと腰を下ろした。
 懐かしい感覚。昔はよくこれに乗っていた。ここに座って、操縦桿を手にして、戦っていたというのに…背中の端子が邪魔で思ったように座れないじゃないか。
最期の最期までこの体に苦しめられるとは思わなかった。
 もうジークフリートにしか乗れないのだ。操縦桿なんか握らなくていい、モニターすら見なくていい。
そんな機体しか迎えてくれない。

 便利で高性能な最新の次世代機?
 そんなハイテクに乗って戦う?
 殺戮兵器に改造されてまで前線に行く?

 考えたくもなかった。いや、勝手に頭の中を過(よぎ)るのだ。その度に、このサザーランドが平和に見て仕方がない。
もう動かない機体。もう戦わない機体。いや、戦えない。戦わなくていい………。

 閉まらないハッチと動かない椅子。錆びて歪んだ金属板を機械の腕が無理やり引き寄せ、動かした。
運命はもう自分の手で動かすしかないのだ、きっと。
マニュアルに従って、時間に沿って生きていたら、おかしな方向へ行ってしまう。あのジェレミアンのように。
覚悟はできているのだから、あとは…この手で…。


 モニターに光は灯らない、挿さったままの起動キーに機体は答えない…。
そんな暗いコクピットの中、手探りでその装置に手を掛けた。
左肩に付けられた廃熱装置に。

 ロックを外す。ゆっくりと音を立てて装置が肩から離れていき…そして無造作に足元へと捨てられた。

 もう…いらないのだ。こんなもの。
 人間が作った兵器なんて。

 体が熱い。
これを外すと命に関わることはよく分かっている。だけど…それが運命への抗い。
《 反逆 》なのだから。

 息苦しさに苛まれ、段々感覚が無くなっていくのがよく分かった。
これが死というものなのか。
昔一度経験した。人間を無くした時に。
【 人間・ジェレミア・ゴットバルト 】が死んだ時に。
たしかこんな感じだったようななかったような…よくは思い出せなかった。
辛い? 寂しい? 言葉では表せない痛み。
だけど、そんな苦しみよりもずっと辛い事がある。
機械として、永遠を生き続ける事だ。恐れられ、孤立し、嘘に支配されることがどれだけ辛いか知っている。そんな時間が永遠に続くのだ。
時の軸に乗り、皆と同じように今を生きたかったのに…。









 人は、必ず死ぬ。
死ねるから人で、いつか死ぬって分かってるから今を生きようと頑張るんだ。
死なない機械に今なんて無い。
死ねない機械の今に価値は無い。
なのに、人は何故永遠を望むのだろう。
改造して、機械にしてまで永遠を生きるより、人間として今を生きる方がずっと価値があって、意味があるのに。
何故そこに気付いてくれないのだろう…。
 机の上に手紙を置いて来た。言葉は下手かもしれないが、今ごろは枢木の名誉も証明されている頃だ。
これで全ての嘘から開放されて、不純なる運命にさよならを告げられたかどうかはわからないけど。ただの自己満足に過ぎないけど。
ヒーロージェレミアは元々嘘の中、得体の知れない存在はいない方が幸せに決まっている。
きっと、自分が死んでも誰も悲しまないだろうし。
人間の世界に、実験適合生体なんていらないのだ。仲間外れ。疎外感。異端。この世界は、あまりにも生きにくかったから…。


 願わくば、CODE-Rの研究もデータも、命に抗う物全てが封印されんことを……。





 霞んでいく視界の中、ジェレミアは最期に心の中で呟いた。




「 もし、生まれ変われるなら…

人間になりたい 」――――――――――――――――――――――― と。






……Fin……












【あとがき】

 当初は独立した話になる予定でしたが、途中で内容が変更され、前作【Truth…?】の話を引っ張ってくることになりました。

人であって人じゃない、半端な位置に立たされたメカジェレミア。
原作では意識がないままV.V.に拾われたワケですが…もし普通に生きてたらどうなっていたのか。
ジェレミアの野望『もしもゼロを倒せたら―――』をテーマに、ゲームでいうバッドエンド的な話を書いてみました。
互いの真意を理解しあえず、誤解と妄想がすれ違い続けた結末です。
攻略キャラが死ぬのはバッドエンドの定番ですから。(←

ルルーシュもスザクもカレンもジェレミアも死んだこの世界はこれからどうなっていくのやら…


 しかし…この話は正直書いてて辛かった…。
ジェレミアの淋しい話が書きたかったとはいえ、途中から綺麗な終わり方が思いつかずここまで酷いことになってしまったのは反省。
とりあえず今回も伝えたかったことはラスト1ページですが。ここにたどり着く方法何か他に無かったのか…。
いずれこのコンセプトを残しつつ、ハッピーエンドな話を書きたいところです。


ダークな話でしたが最後までお読みいただきありがとうございました!






※注釈
・作中に登場した【青い鳥】はギアスキャンセラーの光です。
ギアスの力で開く扉はギアスキャンセラーの力で破壊される設定です。
あれは研究過程で偶然手に入れたものらしいのでバトレーも知らなくて当然というわけです。